<大逆事件>と禅僧内山愚童の抵抗 書評|眞田 芳憲(佼成出版社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年4月28日 / 新聞掲載日:2018年5月4日(第3237号)

「戦前七七年」の時代に 
「社会参加仏教」の近代的先覚者であり実践者であった内山愚童

<大逆事件>と禅僧内山愚童の抵抗
著 者:眞田 芳憲
出版社:佼成出版社
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冒頭の「はしがき」にまず目を奪われた。「今日の時代状況は、戦前七七年のわが国の時代相に近づいているのではないだろうか」。「戦前七七年」というのは明治維新以降、太平洋戦争敗戦までの七七年を指すのだという。西洋列強のような近代国家を目指して帝国主義化していき戦争を繰り返した末に破綻した戦前の日本に、現状況が似ているという指摘に耳を傾けたい。本書は、戦前のそのような時代状況のなかで偏狭なナショナリズムに毒され、国策に加担していった仏教教団と対照的に、教団とは相反する立場から仏法の正法を説き抑圧された人々に寄り添った内山愚童の不服従の抵抗を描いたものである。柏木隆法『大逆事件と内山愚童』(JCA出版)、森長英三郎『内山愚童』(論創社)に続く愚童研究書で、巻末には年譜が付されている。

知られているように内山愚童は、大逆事件で犠牲となった曹洞宗の僧侶である。大逆事件では、内山愚童のほかに真宗大谷派の高木顕明や臨済宗妙心寺派の峯尾節堂も同じく僧侶として連座した。死刑判決のあと、高木顕明と峯尾節堂は無期懲役に減刑、顕明は秋田監獄に送られ監房内で縊死、節堂は千葉監獄で服役中に獄死した。愚童は減刑されずに、幸徳らとともに処刑される。いずれも痛ましい最期だが、三名ともにそれぞれの宗派から永久追放処分を言い渡されていた。教団は、国家に反逆する大罪者として彼らを切り捨て、自己保身をはかった。今日、どれだけその反省がなされているか、内山愚童は「宗内擯斥」から八三年後の一九九三年に処分が取り消されて名誉回復、高木顕明および峯尾節堂も一九九六年に処分が取り消されたという。本書の特徴の一つは、大逆事件犠牲者のなかでもこれら宗教者三名を並べている点であろう。覇道の王法に追随した教団に対して、正法を守った彼らを特筆し、優れた宗教者としての相貌を明らかにしている。近年の動向として、高木顕明については、劇作家嶽本あゆ美氏が戯曲「彼の僧の娘」を執筆、顕明の娘加代子をモデルとした演劇が上演されている。節堂については、中川剛マックス氏の『峯尾節堂とその時代』(風詠社)や田中伸尚氏の『囚われた若き僧 峯尾節堂』(岩波書店)が立て続けに刊行され話題となっている。愚童については、故郷小千谷に顕彰碑が建立されたと聞く。本書もこれらに連動するものとして位置づけられよう。

さて、本書では何よりも愚童の著作を取り上げてその思想に迫っている点が注目される。なかでも著者は、従来『平凡の自覚』が獄中手記か否か見解が分かれている点について、森長英三郎と同じく入獄前の草稿であるとする一方、草稿着手の時期は、明治四〇~四一年という森長説とは異なり、明治三七年ごろには構想がすでに芽生えていたと推測している。四一年の愚童書簡では階級的政治闘争への深い認識が見られるのに『平凡の自覚』では理想主義改良主義的文面にとどまっているというのだ。そして明治三七年一月三一日『平民新聞』第十二号に愚童は「貴族・富豪を社会主義に感化する手段」として「一平民になるの自覚」が必要だと述べているとして、この「一平民になるの自覚」が『平凡の自覚』につながっていったのだとする(なおP91に「明治三一年」とあるのは「明治三七年」の誤植か)。この『平凡の自覚』明治三七年構想説が、本書の注目点の一つである。さらに明治四一年に立て続けに秘密出版となった『入獄紀念・無政府共産・革命』『道徳非認論』(バシンスキー『無政府主義・道徳非認論』を翻訳した大石誠之助訳の翻案)『帝国軍人座右之銘』(エルヴァ論文を翻訳した大杉栄訳「新兵諸君に与ふ」の翻案)についても考察し『入獄紀念・無政府共産・革命』のなかの「今の天子の先祖は、九州のスミから出て、人殺しや、ごう盗をして」「神様でも何でもないことは、スコシ考へて見れば、スグ しれる」などの記述から、幸徳秋水をしのぐほどの激烈な天皇制批判を展開していたことにも着目している。愚童は、高等教育を受けたわけではなく、明治四〇年ごろ日本古代史における天皇家の位置づけに関心を持ち独学したというが、僧侶としても大学林で専門的に仏教学を修得したわけではなかった。小学校卒業後、父が亡くなり一家を養ったあと、十九歳で出郷し、地方を渡り歩く貧しい放浪生活のなかで生きた学問を学んだのだと著者は言う。二十三歳で曹洞宗住職の叔父の門をたたき、中学林で修行して僧侶の資格を取得、その思想の根底には、四年間の放浪生活で獲得した確かなものがあった。

小作人はなぜ貧しいのか。「人類」「平民」という抽象的人間像から「小作人」という具体的人間そのものを考えるに至った内山愚童は、当時の仏教界で孤軍奮闘し、社会の最下層で苦しむ人々とともにあった。著者は、このような愚童を「社会参加仏教」の近代的先覚者であり実践者であったと評価する。忠君報国精神を高揚し戦争を肯定した「戦前七七年」の時代に愚童がなし得たことは、似た時代とされる「戦後七七年」においては何に匹敵するのだろう。本書からはそのような課題を与えられたような気がする。
この記事の中でご紹介した本
<大逆事件>と禅僧内山愚童の抵抗/佼成出版社
<大逆事件>と禅僧内山愚童の抵抗
著 者:眞田 芳憲
出版社:佼成出版社
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