小林茂氏に聞く 第2部〈小林茂の映像の世界〉聞き手=鈴木一誌|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年5月8日

小林茂氏に聞く 第2部〈小林茂の映像の世界〉聞き手=鈴木一誌

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第2回
「問わず語り」の映像

──写真への関心はいつころからですか。
小林
 足尾に行く時期からです。父親のカメラを持って行った。写真家になりたいと思ったのは、大学を卒業したあとです。ユージン・スミスとアイリーン・スミスが撮影した「水俣」の写真展を、京都市美術館で開催したのがきっかけです。演出家の小松辰男さんが手伝ってくれて、準備に半年くらいかけました。まだ日本版の『写真集 水俣』(三一書房、1980年)の出る前ですから、英語版を取り寄せて、「京都・水俣を告発する会」の例会はしばらく、みんなで翻訳する講読会でした。それまでも、水俣関連の上映会は数多くやっていました。映画は、真っ暗ななかに二時間くらい閉じ込めて見るのですから、観客の表情がよくわからない。写真展だと、たとえば、ある写真の前で一時間もじっとたたずんで見ている人がいたり、人びとのようすがよくわかる。私は、そういう姿を写真で撮っていました。写真展には、ユージンさんは病気で来られませんでしたが、アイリーンさんがかけつけてくれました。写真家を目指そうと思ったのは、そのころです。自分の表現手段をもちたかったし、写真ならでは表現できる世界があると感じていました。

──柳澤さんとは、どのようなきっかけで。
小林
 大学時代に、仲間が柳澤作品を自主上映しているのを、よく見に行っていましたので、名前と作品はよく知っていました。七五年に、私たちが開いた土本監督『不知火海』(75年)の上映会には、柳澤監督が来てくれました。「京都・水俣を告発する会」が水俣の無農薬みかんを自主販売していたとき、監督が買ってくれた。京都宮川町にあるご自宅に配達に行って、ときどき話をするようになりました。そのころから個人的に親しくなって、撮った写真を見せると、「頭の上の空間がいらない」などとアドバイスをくれました。

──柳澤監督も写真が好きですね。スナップを見ていると、いつも時代の最新カメラをぶら下げています。
小林
 写真のカメラもそうですが、私が驚いたのは、次の映画『ナース・キャップ』(未完)では、当時、最新型のビデオカメラを購入していました。私が撮影を担当する予定でしたので、一部回しています。

──70年代なかばに出会って、79年に『そっちやない、こっちや』で、スチール兼助手として現場入りしています。
小林
 柳澤監督が新しいドキュメンタリーを作るという話を聞いて、「スタッフとして入れてもらえないか」とお願いしに行った。25歳でした。現場は知多市でしたが、名古屋の障害児通園施設の一室を宿舎に借りて、運転、食事つくり、現場録音、スチールなどが私の仕事でした。塩瀬申幸キャメラマンをいれて三人の現場でした。製作委員会の呼びかけのもと、カンパが製作資金でした。こういうやり方は『阿賀に生きる』で生きています。宿舎に帰って、寝るまでの時間、柳澤監督が、「あの子のこういうところがおもしろいじゃないか」「こういう試みをしたらどうだろう」とか、お酒をちびちびやりながら、楽しそうに話す姿が思い出されます。私はもう眠くて……。「おカネにはならないよ」と言われていましたが、ほんとうにそうでした。でも、写真フィルムは自由に使わせてもらいました。「映画も写真も、無駄の上になりたつ」と監督は言っていました。撮影がない時にはチリ紙交換、漬物訪問販売、看板屋などアルバイトをしました。結婚もしていましたし。
『風とゆききし』の中のみんなの希望を聞く会のあと

──『そっちやない、こっちや』のあとの『風とゆききし』では、小林さんは助監督として参加しています。『風とゆききし』クランクイン時が30歳です。『風とゆききし』の完成が89年で、『阿賀に生きる』(佐藤真監督)クランクインの時期と重なっています。
小林
 『風とゆききし』の仕上げが残っていたので、私はまだ盛岡にいました。そこに『阿賀に生きる』のスタッフが、クルマで迎えに来てくれた。中国の第二次天安門事件で、戒厳令部隊が抵抗する学生・市民に発砲した6月4日でした。

──柳澤監督と佐藤真監督の接点は。
小林
 佐藤監督は、盛岡の『風とゆききし』の現場に来てくれました。それと、91年10月の第二回山形国際ドキュメンタリー映画祭の前月、私は、新潟の市民映画館「シネ・ウインド」で「福祉を考える一週間」と題して、柳澤監督特集を計画した。福祉ドキュメンタリー5作品を一挙上映しました。京都から柳澤監督がきてくれて、佐藤さんとだいぶ話しましたね。そして、その直後の山形国際ドキュメンタリー映画祭が大きかった。『阿賀に生きる』の四時間にもおよぶラッシュフィルムが上映され、柳澤さんが辛辣な講評をした。「君は3年間何を見てきたのか。こういう老人たちのほのぼのとした姿だけだったのか」と。
『阿賀に生きる』撮影風景「写真・村井勇」

──小林監督の著書『ぼくたちは生きているのだ』には、『阿賀に生きる』について、「日常の中からいろいろなものがあぶりだされるような映画」との佐藤監督の言葉が、スタッフの共通認識として引用されています。「老人たちのほのぼのとした姿」には確信があったのでは。
小林
 柳澤監督の現場では、撮影した映像を、写された彼らにも見せていく「行って来いの関係」で、『阿賀に生きる』にも、被写体や製作委員会、製作資金をカンパしてくれた市民とのあいだでは、「行って来いの関係」があった。しかしキャメラの向け方は、ちょっと違った。

──小林監督は『阿賀に生きる』撮影中のことをこう書いています。「私は「餅つき」の撮影のあと、監督が撮影中に割り込んでインタビューを始めることに違和感を持ちはじめた。「問わず語り」まで行けばいいのだろうが、きっかけとなる「問い」には「答え」が期待されていた」(前掲書)。
小林
 私は、「問い」と「答え」の関係に疑問を感じはじめていました。それで、現場でたびたび議論になりました。私は、映画ならではの時間「ある瞬間」を感知できるようになりかけていた時期でしたから、そういう映画的な時間と空間を撮りたかった。しかし佐藤さんを見ていると、どうしても答えが欲しいための問いをしているように感じた。誘導された答えのことを「ゲンナマ」と名づけ、「ゲンナマを欲しがるのはやめよう」と佐藤監督に言いました。映画的な時間が流れはじめたところに、監督がひゅっと介入してくると、流れが途端に崩れてしまう。それがたまらなくなって、最後は、佐藤監督がなかに割って入って喋ってくるときには、キャメラのスイッチを切ってしまった。今から考えると大変失礼なことをした。でも、自分なりの監督に対するアジテーションだった。ベースとして自分には、柳澤監督の現場で学んだ感覚が染みついている。監督は、現場ではみずから指示を発することは決してしない人でしたから。柳澤監督の指摘も、もっともな面が多いと思います。しかし、私たちは、病を抱えながらも阿賀で生きてきた老人たちの「日常」のなかに、さまざまな背景や感情も紛れ込ませたところも見てほしいと思います。
映画のワンシーン。田植えが終わったあとの長谷川夫妻。提供・カサマフィルム

──柳澤監督の「行って来いの関係」は、「問わず語り」の介入とでも言いましょうか。いっぽうでは、指導員をスカウトしてき現場に投入したり、施設の理事長に質問を出したり、強烈な介入もする。
小林
 大がかりな「仕掛け」ですよね。『そっちやない、こっちや』で、指導員をスカウトをして、「君たちはこの施設の改造をどうするのか」と問う。しかし、はじめて自分の意見を求められた障害者が堰をきったように、発言し、行動に移す。演出という介入があって設定されたシーンかもしれないが、これは、もうどうしようもなく、キャメラに映しとられている現実なんですね。ドキュメンタリー映画の場面が、現実より先に行っているかもしれない。しかし、それはじっさいに起こった事実なんです。『風とゆききし』でも、さまざまな揺さぶりが映画の側から発せられている。そしてまた、障害者もそれに応えている。しかし、施設の現場はそういう彼らの力に気づかず、管理・運営に一途になってしまい、柳澤監督が夢見た「えらいさんがいない世界」は描くことができなかった。ラストのほうで、所員のジュンコさんが福祉バンク会長の物まねをするシーンがあります。お腹をつきだして、腰に手をあてて、「君たちにもっと働いてもらわなければ困るんだ、がんばってくれよなあ」と。所員たちに大受けです。このシーンは、会長としては気に入らなかったかもしれません。しかし私たちに、一縷の希望をいだかせた場面でもあります。映画が上映されたあとに、会長が登壇し、「ただいま、マネをされました会長です」と挨拶をするのです。拍手喝采とともに、福祉バンクのきびしい現状を市民に知らせることになったかもしれません。現実にはフィルムを切られましたが……。柳澤監督の作品では、そういう対立がときに見られます。

佐藤監督には、「キャメラマンが夢中でカメラを回す現場をつくるのが演出の仕事である」と柳澤監督の手法を伝えました。『阿賀に生きる』は全体としては、それが実現できている映画になっていると思います。「新潟水俣病」という言葉を直接的に描かないという原則が、スタッフにも製作委員会にも共有されました。そういうテーマ主義からの脱却が新たな可能性を開いたと思います。おそらくドキュメンタリー映画に「日常」という言葉を導入した最初の監督として佐藤真監督は記録されるでしょう。

──今のお話から、柳澤さん、佐藤さん、小林監督の、三人三様のポジションが見えてきます。当事者性のことを考えます。観客は、キャメラがそこにいるのを納得できないと画面に没入できない。ほんらいは第三者である撮影班がそこにいて当然だという「当事者」の感じをいかに獲得するのか。下手をすると、他人の不幸を素材にして作品にしている、と思われてします。
小林
 被写体と撮影スタッフの「関係性」が映り込むということでしょうか。ふだんは映画に出るようなことのない人びとを撮るドキュメンタリー映画では、まず、撮る側の覚悟が問われます。そして、その覚悟を被写体の人とも共有しなければならなりません。さらに、一歩引いたところで考えれば、映画の現場を撮る私たちは、映画の「最初の観客」という側面もあります。柳澤監督と佐藤監督に共通しているのは、一作ずつ、方法論も工夫しながら作っているというところだと思います。

──さきほどで「終りのない映画」「終われない映画」というテーマが出てきました。『ぼくたちは生きているのだ』のなかで、『阿賀に生きる』で船大工の遠藤武さんを撮ったときのエピソードが書かれています。船作りを終えて、完成記念の宴会をする。スタッフの去り際、遠藤さんがさみしそうに見送る。その後しばらくして遠藤さんの家を訪ねる。遠藤さんがポタリポタリとお茶を入れてくれて、のどかな雰囲気となり、キャメラが回る。ここで小林さんは、『阿賀に生きる』が終われたと感じる。
小林
 ポタリポタリとお茶を入れてくれるシーンは、最後の最後まで撮ることができなかった。船作りも終ってお礼にいった際、キャメラが自然と回って、ようやく「問わず語り」の姿が撮れた。もう自分には撮るものがないから、「クランクアップしたらどうだろう」と、佐藤監督に言いました。この映画の撮影を引き受けるか悩んでいたころ、遠藤さんに会っています。こういうじいさんの顔が撮れたらいいなと思って、撮影を引き受けた。どうしても撮りたくて、最後の最後に撮れた。そのシーンは、『阿賀に生きる』前半の遠藤さんの紹介のところで使われています。
『阿賀に生きる』撮影風景・川の中で撮影するキャメラマン小林茂と佐藤真監督。「写真・山埼修」

──「撮れた」というのも、ある「瞬間」ですね。
小林
 「終われた」という感覚も、ある「瞬間」でしょう。

──『風とゆききし』にしても、あそこで終われているのか、評価はいろいろある。
小林
 柳澤監督は、終わりの見えない映画、シナリオのない映画に踏み込んでいった。ただ現実的には、どこかで終わらせないといけない。自分自身の経験に即して言えば、たとえば『チョコラ』(08年)でケニアの子どもを撮りにいったときは、撮影期間を五か月と切ってしまった。それもひとつの手なんです。
『チョコラ!』スチール (写真・吉田泰三)

──『こどものそら 放課後』(99年)の撮影は一日ですね。
小林
 一日でも撮れるものは撮れます。プロデューサーが終えさせるケースもあります。『夜明け前の子どもたち』などの福祉ドキュメンタリー五部作の場合、終わらせるのはほんとうに難しかったでしょう。予測をしつつ、いろいろ試しながら、自分の仮説と被写体の現実が重なり合ったとき、ここで終わろうとようやく思える。私が助手についた『そっちやない、こっちや』では、施設の改築が完成し、それを記録した映像を、写っている人たちと見直し、最後は、廃品回収をして得た賃金を分配します。動くことすらできない子どもにも、ちゃんとおカネが配られるシーンで終わった。そのあと空撮になり、「このささやかなコミュニティが育つか。拡がるか。つぶされるか。それは療養メンバーと彼らにかかわってきた人たちのこれからの課題であろう。同時にそれは、知多に住む人々の、また私たちの、人間としての責任のように思える」というナレーションが入る。人びとがひとつの壁を破り、映画は外に課題を投げ返して、ようやく終われた。

──終わるのは、もちろん人為ですが、作為が見え過ぎるとフィクションになってしまう。いっぽう被写体の時間はつづきます。
小林
 作り手の時間と被写体の時間を重ね合わせて、その滲みのどこかで終わりを探るしかない。『そっちやない、こっちや』では、映画完成後、そのコミュニティはつぶされ、療育グループが分断されたとき、私たち映画班として知多市長に質問状を提出しています。
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この記事の中でご紹介した本
そっちやない、こっちや ――映画監督・柳澤壽男の世界/新宿書房
そっちやない、こっちや ――映画監督・柳澤壽男の世界
著 者:岡田 秀則、浦辻 宏昌
出版社:新宿書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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