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2018年5月8日

小林茂氏に聞く 第2部〈小林茂の映像の世界〉聞き手=鈴木一誌

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第5回
画にならないものを映す

──今後の作品の予定は。
小林
 性被害者で写真家のにのみやさをりさんから刺激をうけて、『魂のきせき』という作品に取り掛かっています。性虐待を受けた人たちの映画です。今日も九州ロケから帰ってきたばかりで、この映画を撮るきっかけになった友だちです。彼女は20数年前に故郷にもどったときに、幼いころの性虐待がフラッシュバックしたのです。私はそのころから話を聞いている。でも、あまりにも苦しいテーマだから自分の中でスルーしていた。今撮らないと一生撮れないと思って、キャメラを回しはじめたんです。『阿賀に生きる』で、最首悟さんが、「新潟水俣病」という病のカギ括弧をはずす役目をした、と評してくれました。私は今、「性虐待」という、声に出すことをためらわれる人間の内面に踏み込もうとしています。

──柳澤監督が、「重症心身障害児」のカギ括弧をはずしたようにですね。
小林
 誰に相談しても、映画になり得ないと言われています。去年の秋は性虐待の苦しさが自分にのりうつって、うつ状態になりました。

──ドキュメンタリーの宣伝デザインをやって感じるのは、一言では言い表わしにくいドキュメンタリーが増えている。『風の波紋』にしても、地震で壊れた家を再建するまでの話と言えません。
小林
 画にならない、言葉にならないところに入っていかなければ、ドキュメンタリーの意味がない。画にならない、言葉にならないことがらを表現するのは、ほんらいは劇映画が得意で、ドキュメンタリーは、社会的な問題をわかりやすく投げかけるものとして作られていた。しかし今や、声にならない声に挑戦していかなければいけない。社会的な問題も複雑化していますし。

──画にならないことがらが増えていると感じます。金融や仮想通貨なんかも画になりませんね。デザインの立場からは、ヴィジュアルなるものが危機に瀕していると思います。性虐待にもどれば、難しいのは、告白する人の記憶に幻想や妄想が混じる可能性がある。「告白=真実」という図式が崩れている世界で、内面をどう描くか。小林監督に勧められて、にのみやさをり『声を聴かせて 性犯罪被害と共に、』(窓社、2011年)という本を読んで、記憶を治療するにはどうしたらよいのか、と思わされた。
小林
 ある人が、自分の経験を淀みなく話す。でも、その人が乖離しているかもしれない。話のまま受け取れないケースもあるようです。

──どんな小さな事件でも、わかったとはならない。
小林
 さまざまな事件が、社会の動きの予兆として起こる。母親が子どもを殺したり、福祉施設に勤めていた人間が、退職後、その施設を襲撃して多数の人間を殺す。そこに何かを感じますが、けっきょく真相を突き止めるところまでは進めず、そのまま置きっぱなしにしてしまう。放置してきたものの元にあるものは何か、遡って考え直したほうがいいんじゃないかと思います。

──警察発表と報道だけでは、真相がわかりません。一次資料はどこにあるのか、事実はどうなのか、予兆─結果という因果関係はあるのか、真相や真実を想定できるのか、まったくわからなくなっています。
小林
 戦争をなかったことにして、私たちは育てられた。けれども、親父やおふくろは戦争を引きずって生きてきた。それが原因で、しょっちゅう喧嘩をしていた二人の姿を見ていました。暴力をふるう父親を絶対に受け入れられなかった。しかし、父親だけの責任だろうか。国によって動員された元兵士は、戦争でのことを誰にも言えず、七〇年以上きている。少しずつけじめをつけていくという社会であれば、親父も少しは違う生き方ができたんじゃないだろうか。目を逸らしつづけてきたことが、社会の隅々まで侵犯してきている。小児虐待などさまざまな子どもの問題を扱っている小児科医に聞くと、親の問題が大きいと言う。親は親で、その親の問題に大きく左右されている。三代くらいすぐに遡れてしまう。カッコに括ってわかったつもりになっていることにチャレンジしていく。それが今後ドキュメンタリーに求められと思います。

──小林監督の本の中に、『ぱんぱかぱん』を出して「見えないものが、写真に写りこむことを知った」(『ぼくらは』)と書いています。
小林
 まず写真を撮ったときの主観的な気持ちがあり、それが、時間を経て見たとき、違って見えるときがあります。写真自体が発光し、その何かを発見する。

──映画もいっしょですね。
小林
 私は、自分が撮った映画は上映会のたびに見直すので、何回見るかわかりません。この映画は、何を語りかけてくるのか。自分で作っておきながら、それがわからない。わからないとまで言うと言い過ぎですが、完成した映画は自分の手から離れたところにあって、映画そのものなんです。映画そのものが発光するように作りたいし、それを必死に探ろうとしています。

──レンズという機械の目は、撮ろうと思ったもの以外の「撮れてしまったもの」に満ちあふれています。最初の写真集『今日もせっせと生きている』(風媒社、1981年)を、小松辰男さんに見せたとき、「もっと人を冷たく撮れ」(『ぼくらは』)と言われました。
小林
 今でもよく覚えています。「よく作った。でもこんど人物を撮るときには、もっと冷たく撮れ」と。ぼやぼやした甘さで撮ったんじゃ駄目なんですね。シャープに切り込んでいく。そういう気持ちをもっていないと、流されてしまう。

──「意味として撮るな、空間として撮れ」と言い換えられる。
小林
 自分自身との距離のことを考えれば、自分の意志で撮っているんだけれど、天から撮らされているぐらいの感じのクールなものをもっていないとならない。映画も同じです。

──小林監督の中では、写真と映画がお互いに批評をし合っていますね。白味や黒味のフィルムが入ったり、露出オーバー的なところも印象的です。『風の波紋』の終わりでは、里山のロングショットが早送りされながら、露出オーバーになっていく。『こどものそら 自転車』のこれもラストで、トンネルから抜けると露出オーバーになる。写真的なるものと映画的なるものがぶつかり合っている。
小林
 写真は羨ましい。写真家としてけじめをつけられなかったのには、悔いが残っています。
『こどものそら 自転車』を車の後ろから撮影する小林茂。

──小林監督の作品として、家に帰るというテーマがあるんじゃないかと思います。『チョコラ』は、路上生活する子どもたちをいかに家に帰していくかをめぐっています。ラストは、スタッフが日本に帰るところで終わる。『わたしの季節』でも、公明さんが実家に帰ってカレーを食べて、お兄さんといっしょに寝床に入る。七里大輔さんの家に帰るシーンもあります。「帰ろうかな」という歌も挿入される。『ちょっと青空』では、支援を受けながらの障害者の自立した生活を扱っている。『わたしの季節』の志郎さんも、より自立する生活を求めて転院を考えていました。自立というのは、帰る場所を自分で作ることですね。『こどものそら 放課後』『こどものそら 自転車』『こどものそら 雪合戦』(2000年)の3作は、札幌にある、学童保育所「つばさ」が舞台で、学童保育所は小学生を対象とした放課後の保育をする施設ですから、放課後の、家に帰るまでの子どもたちを捉えています。『わたしの季節』である職員が、長期入所者の多くは「毎日顔を合わせる職員よりも、たまにしか会わない家族を思いながら暮らしている」(『ぼくたちは』)と、ある職員が語ったそうです。小林作品にとって「家に帰る」は、潜在的なテーマなんじゃないか。
小林
 私自身は、ふるさとを捨てたという意識が強いんです。『阿賀に生きる』や『風の波紋』は、ふるさとを出ずに暮らしている人を撮っている。逆に私は、出ざるを得なかった。それで、父親からの桎梏を解き放ったのかもしれません。しかし、自らのふるさとの風土、土地を守っている同級生がいてくれた。いっぽうで、障害をもっている人を考えてみると、施設は決して帰るべき家ではない。自分の戻れる家をそれぞれの人が持ってほしいと、思っています。人間には、どこかで安心していられる場所が必要です。そういう場所が今どこにあるのだろうか。たとえば父親が、大晦日に早めに帰ってくる。蛸(タコ)を土産にしてくれて、いっしょになって餅をつく。そういう家に帰りたい。いつも大酒を飲んで、母親と喧嘩しているような家には帰りたくない。そんな親父を自分で断ち切って、父親を対象化した。でも、それをできない人も多く、自分が親になったとき、子どもの可愛がり方がわからずに殴ってしまったり、虐待に向かってしまう。

──最後に小林さんの文章を引いて終わります。
「「いのち」を背中にかつぎながら疾走(しっそう)する子どもたちにいかなる光を感じられるか」。(小林茂『チョコラ! アフリカの路上に生きる子どもたち』岩波ブックレット、2009年)
(おわり)
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この記事の中でご紹介した本
そっちやない、こっちや ――映画監督・柳澤壽男の世界/新宿書房
そっちやない、こっちや ――映画監督・柳澤壽男の世界
著 者:岡田 秀則、浦辻 宏昌
出版社:新宿書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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