島薗進・香川知晶・小松美彦鼎談 人文知は科学技術の暴走を止められるか 『〈いのち〉はいかに語りうるか?』刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2018年5月11日 / 新聞掲載日:2018年5月11日(第3238号)

島薗進・香川知晶・小松美彦鼎談
人文知は科学技術の暴走を止められるか
『〈いのち〉はいかに語りうるか?』刊行を機に

このエントリーをはてなブックマークに追加
第3回
生命操作のシステム

香川 知晶氏
香川 
 ご指摘された通り、生命操作に関する技術的な展開が非常に急速ですよね。従来だと予測から実現まで一定の期間があった。今は予測した途端に実行に移している。現実のスピードにこちらの思考もついていけない。それで問題が生じているんじゃないか。もう一点、話を聞いていて思ったのは、生命科学と言っても、医療と環境の分野では事情がかなり違うということです。ここはもう少し意識しておく必要があったと思います。この本では、全体として医療系の観点が強く、環境科学の話までは、なかなか議論が及ばなかった。私自身が医学部に所属していたことが関係するのかもしれません。大学改革の流れの中で人文系が削られていく状況を前にして、特に医療系の領域で、科学技術と生命の問題について考える傾向があった。今後はもう少し議論を広げる余地があると思います。
小松 
 人文知の視点から「いのちは何か」について考え、七人の論者が論文を書いています。興味深いのは、話し合って書いたわけでもないのに、結論部で、ほとんど同じようなことが論じられている点です。島薗さんは「恵み」「授かりもの」として、いのちを考えていく立場に立ち返ることが重要だと指摘している。大庭さんは別の文脈から、「意のままにならないいのちの所与性」について論じています。私自身は、「他者との関係性と絶対的受動性」という観点から考えてみることを、ひとつのポイントとして提起しました。また安藤さんは、いのちとは分断できないものであること、人間の生老病死をめぐる「問い」とは「神秘」であると述べている。さらに轟さんは「ものへの放下」、つまり生命を含めて存在者を、固有のあり方に委ねることを強調している。すべて異なる文脈で別の論者が語っているにも拘わらず、同種の主張に至っています。
島薗 
 今回の本のキーコンセプトのひとつは、「生命操作」にあると思います。この言葉の意味については、安藤さんが詳しく議論しています。生命体を変える科学技術の開発に留まらず、これがひとつの巨大なシステムになっている。現代の資本主義の短期的な効率追求に応じる形で、システムが特定の手近な目的を実現する手段になっているということです。そういうものに我々の世界が取り囲まれ、生命操作的な現実が作られていく。その中で、人造的な世界こそがリアリティであるという発想が生まれる。これはJ=P・デュピュイやZ・バウマンが論じていることでもありますが、技術に対するハイデガーの批判的な議論の延長線上にある。「人間の意のままになることこそが現実である」という発想で、いのちを見ること。それに対して社会が疑問を持たない方向に来ている。そのことがどういうマイナスの帰結をもたらすか、いよいよ議論しなければならない。環境問題については、公害など、目に見える形で様々な被害が現れていることもあって、議論が盛んです。ところが人体に関わることは、いい面ばかりが語られる。医学・医療の歴史の中で脈々と続いていることですね。人工的な技術に基づく人体への介入が、人間の社会生活にどう影響を及ぼすかは、優生学批判の領域で議論されて来ていますが、まだまだ不十分です。議論の蓄積が薄い。この本は、その点で大いなる一歩を進めたと自負していいと思います。
小松 
 私も同意見です。生命操作、いのちとは何かという論点について、香川さんからさらにお話しいただけますか。
香川 
 轟論文について一言申し上げておきます。作られたもの、技術的なものが現実的であり、それに駆り立てられるようにして我々は生かされている。そうした個々の技術を越えるものとして、ハイデガーは「ゲ・シュテル」という用語を使った。いわば「組織」が人間を動かし、その中で無力感に陥らざるを得ないところに追いやられていく。我々の本質は捻じ曲げられ、掻き乱されて、ついには荒廃させられてしまう。この段階に最早来ている。それに対して、ハイデガーが言っている人間の本質とは何か。技術的な対象として尽きない形のものであり、これをどう取り出していくか。そこを人文知は探究して来たのであり、もっと表に出していかなければならない。轟さんは、そのようなことを論じている。ある意味では、危機的な状況が深まっているからこそ、人文知の役割が増していると思います。
1 2 4 5 6
この記事の中でご紹介した本
〈いのち〉はいかに語りうるか?─生命科学・生命倫理における人文知の意義/日本学術協力財団
〈いのち〉はいかに語りうるか?─生命科学・生命倫理における人文知の意義
著 者:香川 知晶、小松 美彦、島薗 進
出版社:日本学術協力財団
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
島薗 進 氏の関連記事
香川 知晶 氏の関連記事
小松 美彦 氏の関連記事
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
学問・人文 > 哲学・思想関連記事
哲学・思想の関連記事をもっと見る >