表象文化論講義 絵画の冒険 書評|小林 康夫(東京大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月30日 / 新聞掲載日:2016年9月30日(第3158号)

表象文化論講義 絵画の冒険 書評
絵画の「エピステーメ」論 ジョットからアンディ・ウォーホルまでの西欧絵画の歴史を俎上に載せる

表象文化論講義 絵画の冒険
出版社:東京大学出版会
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本書は、長らく東京大学駒場キャンパスの「表象文化論」の顔であった小林康夫氏の「講義録」である。元々「教科書」として構想されていただけあって、平明な語り口で、教科書・入門書としても十分使える作りになっている。

本書が俎上に載せるのは、ジョットからアンディ・ウォーホルまでの西欧絵画の歴史である。全体は、第Ⅰ部(ルネッサンス)、第Ⅱ部(バロックからロマン主義へ)、第Ⅲ部(モデルニテ)、第Ⅳ部(絵画の〈爆発〉)から成り、ある程度継起的な順序を追っているが、通常の概説書のように様式の通史を記述しているのではない。著者はむしろ、「歴史」を単に個々の人間の営為の総体としてではなく、自律的かつ不連続に変動する「構造的なもの」として見るミシェル・フーコーに依拠して、絵画の歴史におけるフーコー的「エピステーメ」(知の枠組み、「体制を形成している認識」)を探り出すことを重視する。こうした絵画の「エピステーメ」とは、「透視図法(線遠近法)」「比例」などであり、本書は基本的に絵画の「エピステーメ」論である。それゆえ、各講の冒頭には、絵画の「エピステーメ」を理解する「明かり」として、モーリス・メルロ=ポンティ『眼と精神』、ジル・ドゥルーズ『襞』(「バロックの館」)、ミシェル・フーコー『言葉と物』(ベラスケスの『ラス・メニーナス』)といった哲学のテクスト、プルーストやエミール・ゾラといった文学者のテクスト、ジョルジョ・ヴァザーリ『美術家列伝』、ピエール・フランカステル『絵画と社会』といった美術史学のテクスト、アルベルティやデューラーやレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画論といった芸術家自身のテクストからの抜粋が掲げられている。それに対し、個々の画家や作品への言及は、あくまでも絵画の「エピステーメ」を浮かび上がらせるのに必要最小限なものに絞り込まれている。

本書では、「モデルニテ(現代性)」の幕開けという、絵画の歴史上の不連続線をフランスの第二帝政時代(一八五二~一八七〇)に位置づけており、何よりもまずエドゥアール・マネによってルネッサンス的な表象空間が「破壊」されたとする。このマネを起点とする見方は、第一四講の冒頭に引用されているジョルジュ・バタイユの『沈黙の絵画』に依拠したものである。バタイユは、マネの『オランピア』に「犯罪あるいは死の光景」を見出し、そうした全てが「美の無関心」へと滑っていくという。著者はそこから、マネが奥の空間を閉ざし、全てを「表面」の「輝き」の効果に変えることによって、「沈黙させられる後景」(=闇、死)と「つねに表面化する前景」(=光、生)とを「切断」し「重層化」すると結論づけている。

本書は、中立的であろうとするいわゆる「教科書」とは異なり、「クリティーク(批評)」を本分とする著者の独自の解釈が語られる。なかでも、テオドール・ジェリコーの『メデューズ号の筏』を反転させ、筏の向こう側から見ると、ウジェーヌ・ドラクロワの『民衆を導く自由』になるという指摘(両作品ともにドラクロワが描かれている)には、目から鱗が落ちる思いがした。

ただ、ハインリヒ・ヴェルフリンの『美術史の基礎概念』において、「線的(彫塑的)」(=ルネッサンス)の対概念が「絵画的」(=バロック)とされていることに対して、著者が「絵画の変化を論じて対の一方を『絵画的』と名づけるのはカテゴリー・ミス」かもしれないと考え、訂正して「演劇的」と言い換えている点は行き過ぎだと思われる。確かに、バロック様式において「演劇的」性格が顕著であるのは異論の余地がないが、ヴェルフリンの「絵画的」という概念は、連続した輪郭をもたない「塊」で見るという意味であり、絵画だけではなく彫刻や建築にも適応されている。また、「演劇的」とは限らない作品が「絵画的」に描かれている場合もあることから(フェルメールや後のシャルダンなど)、「線的(彫塑的)」の対概念を「演劇的」とするには無理があるのではないか。

本書とほぼ同じ時代(一四世紀~現代)の西洋絵画に、別の視点からアプローチした三浦篤著『まなざしのレッスン1・2』(東京大学出版会)も合わせて読むと、絵画に対する重層的な理解が深まるだろう。本書は、こうした「絵画の冒険」に誘う格好の道標である。
この記事の中でご紹介した本
表象文化論講義 絵画の冒険/東京大学出版会
表象文化論講義 絵画の冒険
著 者:小林 康夫
出版社:東京大学出版会
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