グロテスク・美のイメージ ドムス・アウレア、ピラネージからフロベールまで 書評|武末 祐子(春風社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年5月12日 / 新聞掲載日:2018年5月11日(第3238号)

美術と建築と文学とを越境しながら軽やかに思考を展開

グロテスク・美のイメージ ドムス・アウレア、ピラネージからフロベールまで
著 者:武末 祐子
出版社:春風社
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ピラネージによる版画集『グロッテスキ』の一葉をあしらったモノクロームのカバーと、マットな深い赤に漆黒の文字が捺された帯の取り合わせが、まず目を惹く。本書は、装飾モティーフであると同時に美的カテゴリでもある「グロテスク」が、古代の生成からルネサンス期の再生、ピラネージがもたらした転回と発展を経て、19世紀文学において転生する様を辿るものである。まさにグロテスク模様が異なる空間どうしを連結させるように、著者は美術と建築と文学とを越境しながら軽やかに思考を展開してゆく。そこで浮かび上がるのは、「グロテスク」と呼ばれる表現の変遷史であると同時に、「グロテスク」という概念や語義の変容史でもある。

第1章では、建築装飾としてのグロテスクの歴史と性質が展望される。著者はグロテスク装飾の特徴を、周縁性、境界性、同化力、表面性、反転力の五つの語で規定する。著者の提示する構図をさらに踏み込んで言い換えるならば、一点透視図法が象徴する西洋近代の世界認識を、軽やかに解体する潜在性をグロテスクは孕んでいた。すでにルネサンスにおいて、ナラティヴを持たずに表層上を広がり増殖していくグロテスク紋様は、アルベルティが『絵画論』で言う「窓」としての絵画を(それは一点透視図法という点でも、歴史・物語イストリアを伝えるという点でも、一種の「深さ」をもつ)の境界を撹乱するものであったと言えるだろう。「グロテスク」の語義は、その図的表現としての性質と同様に、表層上を滑走するようにずれていく。この語の決定的な反転ないしずれを、著者は18世紀後半に生起した、建築装飾から文学的領域への移行に見出す。

第2・3章がもっぱら扱うのは、分岐点、あるいは蝶番としての18世紀ローマの版画家・建築家ピラネージである。タイトルに「グロッテスキ」と冠された版画連作をはじめ、舞台装飾との関連の強い『建築と透視図法 第一部』や『建築擁護論』、さらにはローマの遺跡・廃墟を描いた諸作品において、著者はピラネージの描画法や彼の生み出したイメージの構造そのものが、第1章で確認された「グロテスク」の性質を具備し、また植物性、ハイブリッド性、化石性と、「グロテスク」の解釈の領域を拡大するものであったことを看破する。

第4章では、ピラネージを受容した19世紀フランス文学において、「グロテスク」が建築装飾から文学におけるテーマへと移行をみせたことが、とりわけ、ユゴー、ゴーティエ、フロベールのテクストと書物の構造の分析を通して明かされる。ロマン主義文学の性質を「崇高」と「グロテスク」と規定したユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』では、書物の構造が建築に擬えられるのみならず、物語やナラティヴの構成にも装飾模様としてのグロテスクとの共通性がある。ゴーティエが様々な時代の「文学の奇形物、脱線物」を取り集めたアンソロジー、『グロテスクたち』に見られる「書籍のパラテクストへの着目」もまた、ピラネージの図版と通底するグロテスク性を持つ。この性質は、テクスト間の相互関係にも当てはまる。さらにフロベールのとりわけ『ボヴァリー夫人』の描写にも、テクストとパラテクスト、物語とそれを取り囲む額縁としてのカルトゥーシュという、ピラネージにおける「グロテスク」と同様の構造を著者は見出している。

本書の賭金は、グロテスクを一種の美的カテゴリとして捉え、その適用範囲を拡張してゆくところにあるだろう。ただ単に「深さを持たない表層性」に西洋近代の解体の契機を見出すのであれば、もはや既視感のある議論でしかないが、著者はプロジェクション・マッピングやコンピュータのディスプレイなど、表層性とハイブリッド性、境界撹乱性をもつ新たなテクノロジーへと、グロテスクというカテゴリを拡げてゆく。それはわれわれと眼に見える世界との関係に、あるいはそのインターフェイスについての思考に、新たな拡がりをもたらしてくれるはずである。
この記事の中でご紹介した本
グロテスク・美のイメージ  ドムス・アウレア、ピラネージからフロベールまで/春風社
グロテスク・美のイメージ ドムス・アウレア、ピラネージからフロベールまで
著 者:武末 祐子
出版社:春風社
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