ケルトの想像力 -歴史・神話・芸術- 書評|鶴岡 真弓(青土社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年5月12日 / 新聞掲載日:2018年5月11日(第3238号)

重層的なケルトの世界を展開 
ヨーロッパの基層文明を鮮やかに

ケルトの想像力 -歴史・神話・芸術-
著 者:鶴岡 真弓
出版社:青土社
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五〇〇ページを優に超える分厚い本を前に、感慨もひとしおである。

一九八九年に刊行された『ケルト/装飾的思考』も、A五判で三〇〇ページの分量が、読者を驚かせた。

ケルトと言えばそれまで、妖精物語に代表されるファンタジックなアプローチが中心だった。美術史の立場から、そんなに多くもケルトを語れるものなのか。私も含めた多くの人々は、そのこと自体に驚嘆したのである。しかし私たちの懸念は、杞憂にすぎなかった。著者は装飾写本の複雑な文様を丹念に解きほぐしながら、ヨーロッパの基層文明としてのケルトを、鮮やかに浮かび上がらせたのである。

あれから三〇年のあいだに、著者は刺激的な著作を何冊も世に送り出してきたが、決してケルトを離れることはなかった。ケルトから遠く離れた話題をしているふうでも、つねにケルトという主題に向かって、螺旋的に戻ってくるのである。その螺旋の渦のなかで、美術にとどまらないさまざまな領域が攪拌され、著者ならでの装飾的思考をとおして、新鮮な姿を現すのだった。

本書でも、ヨーロッパの各地に広がる考古遺産、『ガリア戦記』などの古代史、「アーサー王」をはじめとする神話や伝説、土着的な自然信仰や精霊信仰、「ドルイド」に象徴される宗教、もちろん装飾写本のモチーフ等々がからみあいながら、重層的なケルト世界が展開していく。

『ケルズの書』や『リンディスファーン福音書』など「聖なるもの」の読解は著者の独擅場だが、ポピュラーカルチャーや身近で「俗なるもの」も巻き込んでいくところが、本書でも大きな魅力になっている。

『ロード・オブ・ザ・リング』から「龍―ドラゴン」を語り、フランス煙草「ゴロワーズ」と人気漫画『アステリスク』からガロ=ローマに思いを馳せ、「サウィン」と「ハロウィン」、「メイ・デー」と「ベルティネの祭り」といった年中行事に深いつながりを見出す。

ケルト音楽に彩られた映画『タイタニック』とアラン島を舞台にしたロバート・フラハティ監督の映画『アラン』、アイリッシュ・トラッドのグループ「チーフタンズ」とアイルランド神話の神が持つハープからグループ名をとった混声合唱グループ「アヌーナ」など、音楽をめぐる話題も豊富だ。

ケルトは二〇世紀のデザインや建築にも影響を及ぼしている。モダンデザインのパイオニア、チャールズ・レニー・マッキントッシュのインテリアや家具、建築家フランク・ロイド・ライトの自邸「タリアセン」とウェールズ・ケルトの神タリアシン、マン島出身のデザイナー、アーティスのA・ノックス……。

大部におそれをなした人は、第7章「ケルト文化圏の伝統 旅・音楽・映画・デザイン」から読み始めてもよいかもしれない。アイルランド、スコットランド、ウェールズ、コンウォール、マン島、ブルターニュを巡礼しながら、ケルトに近づくことができる。

また序章は、夏目漱石、南方熊楠、司馬遼太郎、岡本太郎らを例に、ケルトと日本の密なる関係がほのめかされている。

ロンドンで、ドルイドと自然について研究していた熊楠は、「科学に対する呪術の世界から、人間が『自然』を発見することを、太古のケルト社会がおこなっていたことに」興味を抱いていたのではないか。岡本太郎の「太陽の塔」にみられる生命の渦の造形は、パリで出会ったフランスのケルト(ガリア)美術と日本の縄文の響き合いが、影響を与えているのではないか。

こうした豊穣な想像力こそが、いま私たちに最も必要とされていることなのであろう。
この記事の中でご紹介した本
ケルトの想像力 -歴史・神話・芸術-/青土社
ケルトの想像力 -歴史・神話・芸術-
著 者:鶴岡 真弓
出版社:青土社
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