多和田葉子氏インタビュー 沼のなかから咲く蓮の花のように 『地球にちりばめられて』(講談社)刊行を機に〔書評=郷原佳以〕|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年5月18日 / 新聞掲載日:2018年5月18日(第3239号)

多和田葉子氏インタビュー
沼のなかから咲く蓮の花のように
『地球にちりばめられて』(講談社)刊行を機に〔書評=郷原佳以〕

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「群像」に連載されていた多和田葉子氏の新作『地球にちりばめられて』が講談社から刊行された。留学中に自分が生まれ育った国が失くなってしまった女性が、自分と同じ言葉を話す人を探して旅をするところから始まるこの作品は、日本語で書かれていながらも、多様な言語が飛び交うさまは、まさに「ちりばめられて」いると言ってもいい。ミステリアスでもあり、ユーモラスな表情も見せてくれるこの魅力的な作品について、多和田氏にお話を伺った。 (編集部)
第1回
多言語の小説を書いてみたかった

多和田 葉子氏
――『地球にちりばめられて』というタイトルとともに、作品を読んでまず頭の中に浮かんだのはバベルの塔の神話でした。この作品は言語をめぐる物語ですし、もちろんすべて日本語で書かれているのですが、この中には実はいろいろな言語がちりばめられ飛び交っています。日本語、デンマーク語、ドイツ語、英語等々。また言語だけでなく、それ以外にもいろんなものがちりばめられています。それでバベルの神話を思い浮かべました。
多和田
 バベルの塔の場合は、人間たちが神様に届くぐらい高い塔を建てようとしたわけですが、神様は、それは困るということで人間たちを混乱させるためにたくさんの言語を作った。そのせいでコミュニケーションが取れなくなって、塔を建てるプロジェクトが途中でだめになってしまったという話だったと思うのですが、私はいろんな言語があったほうが高い塔が建つんじゃないかと思うんです。たとえば英語は便利かもしれませんが、英語だけ使っていたら世界の文明は萎縮し後退し廃れてしまいます。いろんな言語があることによってそれぞれの言語も活性化して豊かになっていく。それから一つの言語の中にも、もともといろんな言語が含まれているんじゃないかと思うんです。日本語だけで小説を書くとしても、その日本語にいろいろ外来語も入っているし、それから明治以降ヨーロッパの言葉を苦労して訳すことで出来た言い回しや新語もたくさん入っている。その前に漢文を通して中国語の影響下で生まれた表現もある。ということで、日本語の内部に多様性がまずあって、それが更なる言語と出会うことで、ますます多様になっていく。それはいいことだという気がするんです。だから翻訳文学も大切なんです。たとえば外国文学を日本語に訳してみる。そうするとなかなか日本語に訳せない言葉があるから、すでに使われていない古い言葉を探してきたり、自分で何か言葉を創ってみたりと、いろんな工夫をするわけです。そのことで日本語が豊かになってくる。いろんなものを受け入れられる網のようになっていくというのかな。実は私は出来れば多言語の小説を書いてみたいと思ったんです。でも実際にロシア語とドイツ語と英語と日本語を混ぜて書くとかそういうことではなくて、日本語だけなんだけど、そこに何かいろんな言語が感じられるような日本語を書いてみたいなと。

――この小説の中で、Hirukoが北欧で生き抜くために自ら創り出した「パンスカ」という、デンマークやノルウェー、アイスランドなど、スカンジナビアの地域においてはある程度意味内容を伝えることが出来る言語も、いま多和田さんがおっしゃられた多言語を感じられるものとして創られたのですか。
多和田
 そうですね。パンスカは私が勝手に創った言語ですが、もっと正確に言えばちゃんとは創ってなくて、もしそういうものを創ったとして、それを訳したらどうなるかという日本語を書いているだけなんです。そういう意味ではまったくのフィクションですが、でもこういう日本語はけっこう想像できるというのでしょうか、私がドイツ語の中で暮らしていて時々頭の中で時々つくっている日本語でもあるんです。実際に日本語をしゃべっている時には、たとえば今もそうですが、日本語独特の言い回しとか流れに従っていますが、まわりに日本語を理解できる人がいない状態で心の中で日本語をしゃべっている時には、日本語の要素を解体していって、一番大切なことだけを、日本語の仕組みとは関係ないところで伝えることが出来るような新しい日本語というのかな、もっと簡潔でもっと国際性のある、もっと風通しのいい、つまり仲間内言葉ではなくて、異文化から来た人と話すための国際的な日本語をめざして人工語を創っていたりするんです。

――小説の中でHirukoはナヌークという青年と出会って、彼が自分たちの国の言葉を話すのを聞いて「ネイティブは日常、非ネイティブはユートピア」だと感じ、そのナヌーク自身が、第二の言語を学ぶことで第二のアイデンティティを獲得出来たといった表現をしています。これはやはりいま多和田さんが言われたところに繋がっていくのでしょうか。
多和田
 そうですね。ネイティブと話すというのもいいんですけれども、そればかりだと内輪だけの、本当に議論していることにならないような言葉の交換になってしまう危険がある。ネイティブでない人が、その言語を外から使うことで、問題の核心が外から射す光に照らされて明らかになることがあると思うんです。風通しが良くなって、隠していたものが見えてきて、ごまかすために言語を使っていた部分がごまかせなくなる。またはっきりしなかった部分をはっきりさせなければならなくなる。それから言葉のないものをどうにか伝えるために、独自の発想でイメージを与えなければならないという、新しい言葉を生み出す努力というのかな、そういういろんな動きが起こってくる。それを、パンスカ的に単純化して「ユートピア」と呼んでしまいましたが、実際、外国語を話すことは、こうあったらいいんじゃないかなと思える社会、つまりユートピアを思い浮かべる能力を育てるんじゃないかな、と思うこともあります。
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この記事の中でご紹介した本
地球にちりばめられて/講談社
地球にちりばめられて
著 者:多和田 葉子
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
献灯使/講談社
献灯使
著 者:多和田 葉子
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
雪の練習生/新潮社
雪の練習生
著 者:多和田 葉子
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
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