若い読者のための経済学史 書評|ナイアル・キシテイニー(すばる舎 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年5月19日 / 新聞掲載日:2018年5月18日(第3239号)

若い読者のための経済学史 書評
経済学という学問をより身近な存在へ 
コンパクトで鮮やかな経済思想史入門

若い読者のための経済学史
著 者:ナイアル・キシテイニー
出版社:すばる舎
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原題はA Little History of Economicsで、直訳すれば、「経済学のひとつのささやかな歴史」である。古代ギリシャの哲学者から経済学史講義で扱われる偉人、ノーベル賞学者の貢献などを平易かつ明快に解説する本書は、ひとつの「ささやかな歴史」とはいえ、経済思想をめぐる多面的で雄大なストーリーをなしている。楽しく読めるのが大きな魅力であり、当該分野の最良の入門書といっても過言ではない。多くの具体的事例にもとづく専門用語の解説も良き手引きとなろう。

著者のナイアル・キシテイニーは、『経済学大図鑑』の執筆者の一人であり、その手腕を十分に活かし、今回は「若い読者」向けの作品を世に問うた。(邦訳の)「若い読者」とは、経済学の「初心者」向けにとどまらず、新鮮な気概であらためて経済学を学び直したい再入門者も含まれ、老若男女そうに違いない。経済学という学問の扉を万人に開く、そんな意気込みすら本書から強く実感できないだろうか。

ゆえに本書で解説されるテーマはきわめて幅広い。アローとドブリューの一般均衡理論と厚生経済学の基本定理、ゲーム理論のナッシュ均衡や囚人のジレンマ、ベッカーの人的資本、ソローの成長理論とポール・ローマーの内生的技術成長モデル、アマルティア・センの潜在能力、フリードマンやルーカス、プレスコットら反ケインズ学派の経済理論とブキャナンの公共選択論、アカロフやスティグリッツの情報の経済学、フェミニスト経済学、開発経済学、そして行動経済学やマーケット・デザインなど、通常の経済学史の領域をゆうにこえる、現代経済学の特徴と潮流の豊かな概観を見事に提供してくれている。

第1章から第40章まで順次読み進めてもよいが、読者自身の興味関心に応じて自由に章(テーマ)選択が可能である。各章はおおむね8頁程度で執筆され、飽きることなく集中して読めるだろう。

第1章「冷静な頭脳と温かい心」はケンブリッジ学派の始祖アルフレッド・マーシャルの有名な言葉だが、著者はそれ以外にも経済学者には必要なものがあるといい、それはたとえば、「自己批判的な目や、自分の関心や習慣的なものの見方を越えた観点などである」(15頁)。そしてまた、「過去の経済思想家たちがそれぞれの関心と環境のもとで、どのようにその考えにたどりついたかを知れば、わたしたちの考え方がどうであるのかを、より明らかにできる」(同頁)。それこそまさに多様な経済思想を学ぶことの意義にほかならず、精緻化されたミクロ経済学やゲーム理論のみを学ぶのとは違った問題関心がそこにはある。多様な経済思想に触れることによってこそ、現代社会をめぐる多様な問題群への理解が深まり、そのためにも経済理論・思想の自己吟味や現実の諸問題との有機的関連を問い続けることが欠かせない。

紙幅の制約もあり、とくに評者が着眼したい3つのテーマのみ簡潔に取り上げたい。本書は「学派」というより、経済学者が各々の時代のなかで直面し挑んだ「問題(群)」と「関心」に焦点化した構成をとっており、学派単線的な読解から解放してくれる。それによって学派間の新たな競合性や共創性がより自覚化され、はぐくまれよう。

1つは、自由と計画、資本主義と社会主義についてである(第16章・21章など)。ソビエト連邦など社会主義計画経済の失敗が歴史的事実としてあきらかであり、すでに過去形のイメージがあるが、むしろ当該テーマは現在的意義を高め増している。社会主義の合理的存立可能性をめぐって争われたミーゼス、ハイエクら自由市場派とランゲ、ラーナーら社会主義支持派との有名な論争。ここから市場とはなにか、自由とはなにか、計画・統制とはなにか、私(的)と公(的)ないしは共(的)とのバランスをどうするかといった主要論点が提起され、これらは依然としてきわめて重要な理論・思想的問題であり続けている。たとえばハイエクによれば、「なにを望み、なにをもっとも重要とするかが人によって異なる」(172頁)以上、社会主義の新たな可能性はこうしたハイエク的な計画経済批判への正確な応答に依存しているともいえる。ミーゼスは「資本主義こそが唯一の合理的な経済体制だ」(135頁)と結論づけたが、2008年の世界金融危機やここ近年関心を集めている資本主義の限界/終焉論を鑑みても、「社会主義の失敗」は「資本主義の勝利」という単純な総括におさまるものではありえず、「資本主義の危機」もまた同様に重く深刻な様相を呈しているといえよう。

2つめは上記の内容とも関連し、ケインズの経済学の新たな潜勢力という側面である(第18章・27章・38章など)。「理論のための新しい理論」構築というよりは、「新しい理論を、世界を良くするために活用したかった」(151頁)ケインズは、一国の生産・雇用水準を決定するコアをなすものこそ有効需要であると説き、それをキーとする、ミクロ経済学とは異なるマクロ経済学という学問分野を誕生させた。

セー法則と「古典派の二分法」にもとづく既存の理論体系では、概して「景気後退や失業はありえない」(148頁)のであり、それらは市場諸力をつうじて自然に解決される。「実物」部門と「貨幣」部門の相互連関、政府の財政・金融政策の意義を理論的にあきらかにしたケインズの体系は、貨幣(とそれに関わるアニマル・スピリットなど将来をめぐる楽観・悲観という人間心理)にもとづく正真正銘の貨幣的市場経済論としてのマクロ経済学であり、その後のフリードマンのマネタリズムなど諸種の反ケインズ派の学説は、ケインズによるもっとも重要な理論的貢献を放棄し、非貨幣的でミクロ実物的な理論(新しい古典派)へと回帰させた。「多くの標準的な経済理論は、驚くべきことに、語られてしかるべき貨幣や銀行についてほとんど語っていない」(306頁)。ハイマン・ミンスキーの金融不安定性仮説はケインズ再評価を促進する役割を担ったが、「資本主義」を考え直すとき、貨幣や金融について豊かな考察をもつケインズの経済学は欠かせない。「思想」がもつ多様な働きと含みをケインズ自身が鋭く洞察していたことも尊重されよう。

経済学者に限らず、一般市民にもその名を広く知られることとなったトマ・ピケティは、その著『21世紀の資本』(2014年)をつうじて格差・不平等問題を世界的に再燃させた(第39章)。かつての「ウォール街を占拠せよ」に象徴されるオキュパイ運動にその理論的・統計的根拠を与えうるピケティの一連の論議は、1980年代以降のいわゆる新自由主義的グローバル資本主義に内在する諸問題とも軌を一にし、資本主義とその発展的変容への理解をさらに深めることの歴史的意義を明確に示唆している。資本主義に代わりうる多元的なオルタナティブを探究する機運と営為も、世界金融危機とピケティの著作以降さらに高まってきている。「資本主義がもたらす緊張に重きをおいた」(86頁)マルクスの経済理論の新たな潜勢力も鍵となろう。より豊かな日常生活や人間社会のあり方とはなにを意味し、どう実現していけるか。最後の3つめはこうして「経済(学)」の全体に及びうる。「経済(学)」は大きな発展を遂げてきたが、それが挑んできた根本問題は古代ギリシャの哲学者の疑問から脈々と引き継がれており、だからこそ、経済思想を広く深く知ることもまたその意義を増しているに違いない。

経済危機が生じるたびに「経済学の危機」も声高に唱えられ、第40章「なぜ経済学者か」には、「経済学には不備な点もあるが、人類にとってきわめて重要なものだ」(325頁)という実直な見方が表明されている。経済学という学問は人間社会の深い理解のために欠かせない。それを明るく前向きな心持ちで学んでほしいと締め括る本書の読後感は爽快で、専門家が読んでも得るものが大きい作品だ。訳文は周到。(月沢李歌子訳)
この記事の中でご紹介した本
若い読者のための経済学史/すばる舎
若い読者のための経済学史
著 者:ナイアル・キシテイニー
出版社:すばる舎
「若い読者のための経済学史」は以下からご購入できます
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