肉食行為の研究 書評|野林 厚志(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年5月19日 / 新聞掲載日:2018年5月18日(第3239号)

価値観の違いを超えて対話を行うために 
人間の肉食行為に関わる議論を明確にする

肉食行為の研究
著 者:野林 厚志
出版社:平凡社
このエントリーをはてなブックマークに追加
肉食行為の研究(野林 厚志)平凡社
肉食行為の研究
野林 厚志
平凡社
  • オンライン書店で買う
魚や甲殻類を料理する時に、殺し方を法律や条令で決めている国、地域がある。苦痛を与えず、殺すべし、と。

そこまで行くと、食、食の文化について書くことを商売としている、私のようなものでも、さすがに「馬鹿らしい」と鼻白んでしまう。例によっての欧米中心の価値観の押し付けではないかと、思う。

例えば、捕鯨、鯨を食べることへの他国からの反発。非難。まあ、これも「文化の違い」と片付けてしまいたくなる。「賢いのに殺すなんて可哀想」といわれると感情論で言われてもと思ってしまう。

しかし、そのレベルの話なのか。反捕鯨は多数派だし、そもそも肉食を避ける、ベジタリアンやビーガン(乳製品なども摂らない純粋菜食主義)だって、かなりの数で世界中に存在している。「生き物を食べるのは可哀想」だけで、それほどのエネルギーになるものなのか。

本書にも紹介されている、ピーター・シンガーの『動物の権利』くらいは囓っていたが、それでもすっきりしない想いばかりだった。そのあたりのことにモヤモヤしていた。

この本を手に取り、だいぶ、霧が晴れた。すっきりした。

何より編者の序。これが素晴らしい。

動物の福祉や権利の主張以上に、食用家畜等の大量生産と廃棄によって生じる地球環境への負荷を自覚し、その危機感からの議論でもあるという。例を挙げる必要もないほど、グローバル経済の枠組みの中に、その肉食の構造も組み込まれている。異なる文化的、社会的脈絡に肉食を位置付けてきた者同士が共通の経済的枠組みに組み込まれていく世界。

「もはや、肉食は地域の文化や社会が慣行としてきた食生活という枠組みだけではとらえることのできない、文明の抱える大きな課題として我々の目前にたちはだかってきている」ということなのだ。だからこそ、ややこしい社会的文化的問題も多々起こるのであり、また、肉や飼料が世界的に流通するからこそ、BSEや口蹄疫、鳥インフルエンザといった動物の感染症も地域を越える。

というわけで、人間の肉食行為に関わる基本的かつ現在進行形の議論を明確にすることによって、「人間はどのように肉を食べてきたか」を改めて考え、人間と他の動物との関係のありかたを考えて……という本である。

国立民族学博物館の共同研究における研究発表をもとに編まれているが、五百ページほどの大部となるのも納得の、幅広い議論、論考が並ぶ。

ボルネオ、熱帯アフリカ、パプアニューギニアの肉食についての人類学等からの調査報告から、霊長類、初期人類の肉食。家畜化。動物供犠からカニバリズム、肉食行為の心理学。そして、グローバル時代の食肉需要と供給、前述感染症と世界の食肉生産、原産地証明の問題、そして、動物福祉について……。

様々な局面から「肉を食べること」を考えようと、分野を超えた大御所から新進気鋭までが並ぶ。どれも、興味深い論考である。あれこれ、言いたくなるが、その紙幅が……。

とにかく、新幹線、東京駅で開いて、読み始め、京都で降りなくてはならなかったのに、そのまま、博多まで行ってもいいかと思うくらい、面白かった。食文化、人間が食べるということはどういうことかと、常々、考えている人間には。帰りの新幹線もあるからと、気を取り戻して降りたのだけど。

「グローバルな環境で生きている現代社会の人間にとって、欧米から発信される動物福祉や動物の権利の議論を無視することはできない」が、欧米発の動物擁護論とは相反することも否めない。一方で、真っ向から否定すると衝突しかない。「重要なのは価値観の違いを把握するための対話であり、その対話を行うための基本的な知識を備え、議論を鍛えていくことである」

御意。そのための強力な道具が本書である。
この記事の中でご紹介した本
肉食行為の研究/平凡社
肉食行為の研究
著 者:野林 厚志
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
森枝 卓士 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 民俗学・人類学関連記事
民俗学・人類学の関連記事をもっと見る >