独り舞 書評|李 琴峰(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年5月19日 / 新聞掲載日:2018年5月18日(第3239号)

息苦しさ/生き苦しさに風穴を開ける混淆や越境

独り舞
著 者:李 琴峰
出版社:講談社
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独り舞(李 琴峰)講談社
独り舞
李 琴峰
講談社
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自ら死を選ぶ可能性を常に身近に感じている主人公の「彼女」。そのことを、著者は「このような死生観は珍しいものかどうか、彼女には分からない」と表現し、また、同僚との会話の中で思わず人類の滅亡を希望する言葉を口にする様子を、「やはり世間から見て、こんな考え方は少数派だろう。少なくとも」と描写する。

それに対し、「いや、ここにもいる」と少なからぬ人が思うのではないかと思った。特に、レズビアンである「彼女」、趙紀恵(趙迎梅)と同じように性的マイノリティであったり、深く心に傷を負う経験を抱えていたりして、生きづらさが付きまとう人たちには共通しがちな感覚だろう。私は、自分が指向する性別について言えない関係性での居心地の悪さや、そのことによる周囲との壁が生じる様子に、自分ごとのように共感し、あっという間に「彼女」の世界に入り込んでいった。

それは、私が彼女と「同じ」同性愛者であるからという点や、私にとっても馴染み深い、新宿二丁目という街や、東京レインボープライドパレードが登場することも大きい。

しかし、とはいえ、台湾で生まれ、大学を卒業したのち、紀恵と名前を変えて東京に渡った彼女、そして何よりレイプされるという経験を持つ主人公と私の間には当然、大きな隔たりがある。「同じ」同性愛者といえども性別の異なるゲイとレズビアンの経験はかなり違う。また、二つの言語を交差させ、混淆させながら生きる彼女と、基本的に一つの言語で生活する私の生活世界の違いはあまりにも大きい。だが、差異を超え、その世界を経験させてくれる小説だった。それは、紀恵の内面世界が主観的に描かれると同時に、ときおり「彼女」として俯瞰する文体が(その「彼女」という人称は、第三者視点というよりも紀恵自身の自己省察のようでもある)、寄せては引く波のように私を飲み込んでいったからであった。

ときおり、こうしたセクシュアリティや民族などのマイノリティ性を持つ登場人物の世界が描かれる小説に対し、「自分には無縁の、遠い世界の存在」という切り分けをし、近づこうとすらしない人たちもいる。しかし、たとえば、私は、自分が経験したことのない異性愛経験を描いた小説にも入り込み、その世界を経験する。おそらくほとんどのマイノリティたちもそうだ。もし、これを読みながらそのように切り分けてしまう気持ちが生じるとするなら、それは、そのようなマイノリティを排除したいという心理の表れだろう。

全体として辛く苦しい経験や心理が描かれているが、言語の混淆や国の越境が心地よく、救いをもたらすかのようだ。おそらく、混淆や越境には、息苦しさ/生き苦しさに風穴を開ける作用がある。そして、それは、社会全体の息苦しさにとっても言えるのではないだろうか。
この記事の中でご紹介した本
独り舞/講談社
独り舞
著 者:李 琴峰
出版社:講談社
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