サンクトウム・コルプス 書評|松本 のぼる(リトル・ガリヴァー社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年5月19日

読みだしたら止まらない新人とは思えぬ力量を感じさせる佳品

サンクトウム・コルプス
著 者:松本 のぼる
出版社:リトル・ガリヴァー社
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著者初の書き下ろし長篇小説らしい。SFともミステリとも取れる作品だ(SFミステリ?)。まれに粗い描写も見かけられるが、全体として文体もしっかりしているし、何よりも構成や内容が充実していて、とても新人の作とは思われない。私はほとんど一気に、時を惜しむようにして読んだ。読みだしたら止まらない……近頃では珍しいことである。
「 冬空に浮かんだ一片の雲。

その雲から下界を見れば、畑や小さな住宅が入り組みモザイクのように広がっている。どこと言って特徴のない郊外の街に、一昨日降った雪が北側の屋根や塀の隅に、その痕跡を残していた。」

こういう平穏にして平和な自然描写から物語は始まる。

主人公の地方公務員・井口昌夫は「東京に程近い埼玉南部の葬祭場」にいる。母親の吉恵が享年八十三で亡くなったためだが、通夜の晩、彼は最後の別れと棺桶の蓋をあけ、驚くべき光景を目撃する。母の遺体が目をひらき、「アー」という声を発したのだ。気のせいか、と昌夫は思うが、すぐあとで妻の亮子と娘の桃花までが、同じ姿を眼にするのである。

頃合いを見はからったかのように、財団法人RAD協会附属研究所なる機関の研究員が登場し、やがて昌夫は、母の遺体はSC(ラテン語のSanctum Corpusの略で「聖なる死者」を意味する)という特殊なものであることを知らされる。研究所に預ければ七百万円もの謝礼を受け取れるほどの「貴重品」(最大の国家機密)でもあるのだ。

昌夫はRADの「研究」に協力することを決め、亡母に話しかけては、そのつど、見た夢を研究員に報告する。夢には幼い頃の自分や母親、とうの昔に死んだ父親などが登場し、彼はどんどん時間をさかのぼっていく。

こうして井口昌夫は、市役所の一職員から文部科学省の主査へと抜擢され、魂ばかりか、肉体までも瞬間移動する「テレポーション」を体験。さらには夢をコントロールして、魂を過去に送り、新たな情報を伝えることが出来るまでになるのだが、その間に、日本より強力なアメリカのRAD機関の研究員が彼の身柄を確保してしまう。

それは、日本にも潜行しつつあるイスラム過激派の犯罪防止などを目的としているかのように見えた。そればかりか、SCと昌夫の「超能力」によって、時間軸を動かし、世界の歴史を変えることさえも可能ではないのか――具体的には、二〇〇一年にニューヨークで起こった「九・一一」の一大テロ事件を阻止しようという、ある種壮大な構想へと向かう。だが、その計画のウラには、現大統領のスキャンダルの発覚をふせぐという薄汚い狙いがあった。

そうした陰謀がらみの動きのなかで、昌夫の息子・藤夫の女友達で、中性的な雰囲気をもった堀内由奈なる魅力的なバイプレーヤーが事故死する。しまいには、昌夫の家族全員が炎に巻かれ……いや、これは何かの間違いだ。彼らは絶対に生き返るぞ、とたいていの読者は思うだろう。少なくとも、そう願うだろう。

そこで、大ドンデン返しが起こる?!

それまで明かしたのでは、こういった小説の場合、本紙の読者の皆さんの興を削いでしまいかねまい。だから、ここでは一つのヒントとして、「世界的な策謀よりも、ごく小さな個人の愛の力こそが勝つ」とだけ言っておく。

私はめったにSFやミステリは読まない。また、昨年中にごく近い身内の死に遭遇して「死者」という物、言葉に敏感になっている。私が本作にのめり込んだのは、そんな事情もあったのだとは思う。しかし、そのぶんを差し引いたとしても、巧い。佳品である。
この記事の中でご紹介した本
サンクトウム・コルプス/リトル・ガリヴァー社
サンクトウム・コルプス
著 者:松本 のぼる
出版社:リトル・ガリヴァー社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年5月18日 新聞掲載(第3239号)
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