戦争文化と愛国心 非戦を考える 書評|海老坂 武(みすず書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!
▶メールマガジン登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

読書人紙面掲載 書評
2018年5月19日

戦争文化史の重厚な研究書
日本の“非戦”思想の源泉を丹念にたどる

戦争文化と愛国心 非戦を考える
著 者:海老坂 武
出版社:みすず書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
著者は一九三四年(昭和九)生まれ、昭和一ケタ生まれの生き残りである。大東亜戦争の始まりを国民・・学校一年生で迎え、少国民、天皇の赤子せきしとして、産衣は戦争文化まみれ。神国日本、神州不滅、鬼畜米英、七生報国、滅私奉公、一億一心火の玉が、脳みそにたたきこまれた。皇軍、英霊、軍神も軍国少年の憧れ、長じての自分の姿だった。

生まれ年の昭和九年四月三日には、宮城前広場で、全国小学校教員精神作興さっこう大会が催され、三万五千三二二名が参加。四月三日は神武天皇祭日。大会の目的は「本大会は全国小学校教員相会し、皇太子殿下の御誕生を奉祝し、聖旨を奉体して日本精神を顕揚けんようし、天地神明に誓って教育報国の覚悟を宣明するを目的とす」とある。皇太子は著者より一つ上の年に生まれている。

著者は国民学校五年生のとき敗戦を迎えた。軍国少年は一夜にして、戦後民主主義の申し子となる。サルトル研究学者の著者は、東大フランス文学科で大江健三郎、野坂昭和の「火垂るの墓」をアニメーション映画化した名匠高畑勲と同期。年齢でいえば、井上ひさし、田原総一朗、そして評者も同じだ。つまり、“戦争文化と愛国心”のまやかしの心柱をとことん検討、実証しないかぎり、あの世に旅立てない“戦中経験世代”なのである。いかに子や孫の世代に伝えられるかだ。

非戦思想の源流を著者は丹念にたどる。反戦ではなく非戦、その違いは何か。長いあいだ著者は、反戦に比べて非戦は生ぬるい言葉だと思っていたが、非戦にはその対語として、「加戦」が存在していたことに気づく。戦争を身近に感じ、自らの態度決定を迫られたときに「加戦」に対抗して強い覚悟をもって用いられた言葉と言うべきであろうと。

堺利彦、木下尚江、柏木義円、内村鑑三、石川三四郎、幸徳秋水らを読みとく中で、日本の非戦思想の源泉を知る。

フランスの哲学者アランの非戦論にも説きおよび、作家のモーリス・ブランショが中心になって「アルジェリア戦争における不服従の権利についての声明」が起草された。これにサルトル、ヴェルコールらの文学者、芸術家など百二十一人が署名した「百二十一人宣言」の運動についても、徴兵忌避、脱走、アルジェリアの民族解放戦線の活動家への援助、レジスタンス擁護の意義などにも分け入って考察している。

本書の鮮烈さは著者が戦前、戦中、そして戦後の国のありかたに、真っ向から怒っていることだ。
〈戦後の日本、新憲法の日本とはまさしく内村鑑三が夢見た無抵抗国家、絶対的非戦を原理とする国家ではないか。そして、戦後七十数年とは、この原理をめぐっての戦い、というか、この原理がなし崩し的に無化されていく過程であった。非戦の原理がいつしか個別の自衛の原理に読み替えられていった。

その責任の一端は新憲法の擁護を掲げてきただけの左翼にある。なぜなら、非戦を原理とするとき、国家は、国民は、何を覚悟すべきかを本当には考えてこなかったからである。〉

本書を通じて、戦争による被害者――小田実のいう難死者――は、同時に加害者でもあった厳しゅくな認識を解きあかしている。著者の推察は、例えば「戦後のレジームからの脱却」なる言葉は、そうではなく、「戦争・・レジームからの脱却」だと、戦争文化の申し子出身者としての腹立ちと遺恨をあらわにしている。「日本を、取り戻す」「戦後レジームからの脱却」「積極的平和主義」という三つのまじないの言葉も、吟味が必須であると書くべく、本書は戦争文化史の重厚な研究書である。
この記事の中でご紹介した本
戦争文化と愛国心 非戦を考える/みすず書房
戦争文化と愛国心 非戦を考える
著 者:海老坂 武
出版社:みすず書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年5月18日 新聞掲載(第3239号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
水口 義朗 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
歴史・地理 > 戦争関連記事
戦争の関連記事をもっと見る >