三国志演義 (一) 書評|井波 律子(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2018年5月19日

井波 律子訳『三国志演義 一~四』
名古屋大学 五藤 嵩也

三国志演義 (一)
著 者:井波 律子
出版社:講談社
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三国志の名を一度も聞いたことが無いという人はいないだろう。むしろ、その名を聞いて、悪辣な奸雄としての曹操や、賢臣としての諸葛亮を思い浮かべる人の方が多いと思われる。最近はゲームや漫画、映画といった形でも広く認知されている三国志であるが、その背景には長い歴史があった。

今からおよそ千八百年前の中国は、実際に三つの国に分裂していた。単に『三国志』と言えば、それはこの三国時代の歴史を記した書物を指す。その後、当時の人物や事跡に纏わる様々な民間伝承や逸話が生まれ、元代にはそれらを多分に含んだ『三国志平話』なる作品が登場した。その後、元末明初に入って、羅貫中なる人物が『三国志』や『三国志平話』などをもとに全百二十回(すなわち全百二十話)の『三国志演義』という小説を編纂した(素材や作者には諸説あり)。今日多くの人々が「三国志」と聞いて連想するものは、この小説作品であることが多い。

その粗筋は以下の通りである。後漢時代末期、政治腐敗や農民反乱で世の中が混迷する中、王家の血筋を引く劉備が立ち上がり、関羽や張飛などの仲間と共に世を治めんとする。時を同じくして、漢王朝の臣下である曹操を始めとする諸侯も挙兵し、中国は群雄割拠の時代に突入する。抗争を繰り返すうちに、曹操(とその子・曹丕)率いる北の魏、孫権率いる南東の呉、そして劉備率いる南西の蜀漢の三国が鼎立する。劉備たちは呉との反発・連合を繰り返しながら、漢王朝を実質的に簒奪した魏と敵対し、各所で激しい攻防を繰り広げる。しかし健闘も空しく、劉備の子・劉禅の代に蜀漢は滅亡し、その直前にこれまた実質的に魏を簒奪した晋によって呉も併呑され、三国時代は終結する。

その見所は枚挙に暇が無い。豪快かつ人間味に溢れた張飛の武勇と直言、かつて曹操から受けた恩に報いて敵である彼を見逃す関羽の義心、不敵さと大物さを感じさせる曹操の狡猾さと存在感、蜀漢と魏の軍師である諸葛亮と司馬懿の智謀の読み合い…。人間世界のあらゆる事象がこの一作に凝縮されていると言っても過言ではないだろう。

そしてこれらの魅力を芯から堪能するには、やはり原文を読むのが最適である。確かに、仮に中国語が分からずとも、訓読という方法を用いて読むことは不可能ではない。とはいえ、そこには実に数百年前の中国語の話し言葉が含まれており、専門家ですら解釈に悩む箇所も散見されるため、原文ならではの味わいを訓読法で完全に理解することは相当に難しい。ましてや、高校以来漢文に触れていない人にとっては尚更手を付けづらいであろう。

この葛藤を解決するものが訳本である。現在では種々の翻訳が出ているが、この井波氏の訳本は、そのような箇所も含め、全編を通して単に平明な日本語に訳されているだけではない。豊富な語彙を用い、細かな描写も正確に翻訳して本来の魅力が損なわれるのを極力抑えつつ、漢文や中国語における独特の思想や表現、故事などに対する簡明な注釈も施されている。そのため、三国志全般の愛好者はもとより、中国文学入門者でも抵抗無くその世界に没入することができるようになっている。それらに精通している人であれば尚更訳文と注釈の高い的確性に驚嘆するであろう。まさしく読む人を選ばない訳本と言える。

個人的には、これを機に、少しでも中国文学に興味を持つ人が増えれば幸いである。
この記事の中でご紹介した本
三国志演義 (一)/講談社
三国志演義 (一)
著 者:井波 律子
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年5月18日 新聞掲載(第3239号)
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