対談=小杉亮子×福岡安則  東大闘争が問うたもの 己の生き方を今問うために  『東大闘争の語り 社会運動の予示と戦略』(新曜社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2018年5月25日 / 新聞掲載日:2018年5月25日(第3240号)

対談=小杉亮子×福岡安則
東大闘争が問うたもの 己の生き方を今問うために
『東大闘争の語り 社会運動の予示と戦略』(新曜社)刊行を機に

このエントリーをはてなブックマークに追加
第3回
語りから人を介して歴史が見える瞬間

福岡 
 ぼくにとっての本書の意義はもう一つあって、小熊英二氏の『1968』(新曜社)へのカウンター、と言うのかな。上下巻で二〇〇〇頁を超える大著ですが、二〇〇九年に刊行されたとき、当事者として楽しみに読み始めたけれど、ガッカリして腹が立った。そこにはぼくらが体験した世界は書かれていませんでした。

『1968』では彼にとっての資料とは書かれたもので、語りに価値を認めていません。でもその後、『生きて帰ってきた男』(岩波新書)では、父親の記憶からシベリア抑留を描いている。
小杉 
 冷静で記憶の確かな優れた語り手だと、父親を評価していますね。

『1968』は膨大な量の資料にもとづく初めての“1968”の詳細なモノグラフで重要な先行研究であることは、否定できないと思います。
福岡 安則氏
福岡 
 ぼくは、語りも書かれたものも同じぐらい重要になりえるし、一方で不確かさも持つと思うのね。聞き取りが誰にでもできることでないのと同様、資料をきちんと読める人も限られていると思います。

ともかくも小熊さんは資料を用い、自分の思考の枠組みから外れるものは無視して、立場の異なる若者たちをひとしなみに扱い、六九年一月十八・十九日の安田講堂攻防戦以降の全共闘の行動を無意味化した。

小熊さんの『1968』が、東大闘争の正史になることは堪えがたかった。

差別表現に抵触しますが「群盲象を撫でる」という諺があります。立場が違うと、同じ一つの事象でも、別の局面を見てしまうのだと。その場合“象”という実体の実在が前提とされている。小熊さんは、そういう観点から彼が正しいと判断した諸局面をツギハギしていけば、実像を記述できると考えたみたい。

小杉さんがやったのは、あらかじめの実像の実在を前提としないで、立場の異なるアクターたちの相互作用のなかから、その帰結として、東大闘争という一つのプロセスが展開していったのだ、という描き方。ぼくなどは、方法論的に共感が抱けます。

でも、ぼくだと、そうはいかない。小杉さんと聞き取り調査を一緒にやったことで、ぼくの社会学的認識は、東大闘争という事象にただ一つの客観的な意味体系は実在しない、となった。もしぼくが論文を書けば、芥川の「藪の中」のように、一つの像を結ばない「それぞれの東大闘争」になったと思う。そういう意味では、非当事者である小杉さんのような研究者の視点が必要だったのだと思う。
小杉 
 福岡先生は以前、聞き取り調査は、それを社会学的にまとめたときに当事者が、ここには自分のことが書かれている、ああ、こういうことだったのかと、自己了解に至るようなものが、いい研究だとおっしゃったことがあります。
福岡 
 そういうスタンスが大事ですよね。
小杉 
 同時に私には“1968”の記憶が社会の中から失われつつあることや、無理解が進んでいることへの危機感があったので、反グローバリズム・脱原発・反安保法制など近年の社会運動に関心がある若い人の理解につながるよう、東大闘争の全体像を結びたかったんです。ある歴史学者に、なぜそんなに全てを解明できると思うのか、と言われたことがあります。でもそう言われてもやはり、事象の全体像を描いてみせることは、社会学者の仕事だと思うんです。

反面、全体像を明らかにするためだけに聞き取りがあるとは思っていなくて、本に残らない出来事、闘争から離れたごく個人的な話や、それに対して感じたことも聞きたいと思いました。例えば幼少期に触れた経済的格差や身近な人の戦争体験、家族の政治的な言動、小・中・高校時代に影響を受けた教師の記憶など。そのささやかなエピソードは、よほどのことがなければ資料には残らない、語りでしか得られないものなんですよね。

私は語りから、一人の人間を介して歴史が見えてくる瞬間に魅力を感じています。本書の趣旨からは外れるため割愛したなかにも、父親も東大生で戦前に学生運動の弾圧事件に関わっていたという話や、先祖が江戸時代に藩お抱えの学者だったという話……。東大闘争参加者を理解するためには、東大闘争とは一見無関係に思える背景知識も必要です。安田講堂攻防戦という一点に集約されがちな東大闘争を、当事者たちが語る生活史は、生きた史実として蘇らせてくれます。

二〇一〇年代にはSEALDsなどの若者運動が活発に起こったと言われています。私が問題だと感じているのは、現在の運動と対照され、六〇年代の学生運動が否定的に歴史化、平板化されて語られる傾向です。六〇年代の運動は、民青、新左翼セクトの組織動員による政治闘争、ヘルメットを被りゲバ棒を振るう学生たちによる無分別な暴力行為だった。現在の運動は非暴力で個人の主体的参加と討議で成り立っている。というように、現在の運動を民主主義社会の成熟の現れとして語る論調が目立ちます。でも、そんなに単純な二項対立ではない。私が注目するのは、戦略的政治志向の左翼学生運動に反対の立場をとって生まれてきた、「ノンセクト・ラディカル」と呼ばれる六〇年代の運動原理です。
福岡 
 ノンセクト・ラディカルは「ノンセクト」だから、それを一つにまとめるコアはない。でもバラバラかと言えばそうではなくて、学科単位などで集まって徹底的に議論して、物事を決めていきました。直接民主主義はいいな、という実感がありましたね。

実は、新左翼の人間は、運動の素人だったぼくらにとって頼りになる存在でした。だから、自分たちとは思考の違うグループ、という認識のもと、結構近くにいたんです。

文学部では、革マル派の指導部よりも、社会学科スト実(ストライキ実行委員会)の方が提案する方針は過激でした。彼らが授業放棄で立ち上がれと言ったら「いやいや一日ストでしょ」、一日ストだと言えば「いやいや無期限ストだよね」という感じ(笑)。ぼくらは大学当局の出方に対して、何をすべきかを考え議論し、主体的に行動するから、大学当局の圧力が強くなれば相互作用で、どんどんラディカルになっていった。一方の革マル派は、過激な方針を出したら一般学生が離れるのではないか、と計算していました。結果的にぼくたちの意見を、革マル派が学生大会で提案する。自分たちが議論した方針が通っていくのは、充実感があった。ただそれが、闘争全体を動かせるかというと、話は別でしたが。
小杉 
 後の世代から見えないのは、そうしたノンセクトと新左翼党派との距離感なんです。聞き取りをしてようやく分かったことがたくさんありました。
1 2 4 5 6
この記事の中でご紹介した本
東大闘争の語り ──社会運動の予示と戦略/新曜社
東大闘争の語り ──社会運動の予示と戦略
著 者:小杉 亮子
出版社:新曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
1968〈上〉 ――若者たちの叛乱とその背景/新曜社
1968〈上〉 ――若者たちの叛乱とその背景
著 者:小熊 英二
出版社:新曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
学問・人文 > 社会学関連記事
社会学の関連記事をもっと見る >