対談=小杉亮子×福岡安則  東大闘争が問うたもの 己の生き方を今問うために  『東大闘争の語り 社会運動の予示と戦略』(新曜社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年5月25日 / 新聞掲載日:2018年5月25日(第3240号)

対談=小杉亮子×福岡安則
東大闘争が問うたもの 己の生き方を今問うために
『東大闘争の語り 社会運動の予示と戦略』(新曜社)刊行を機に

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第4回
自分の生き方を問うた闘争、その後の人生

小杉 亮子氏
小杉 
 繰り返しになりますが一般に、旧来の左翼学生運動を主導してきたのが日本共産党指導下の民青系、旧来の左翼運動への批判から生まれたのが新左翼諸党派、左翼学生運動に関心を示さないのがノンセクト、と言われています。が、実際はきっぱり分かれるわけではないんですよね。本書では新左翼をまとめて書いてしまいましたが、新左翼の党派のなかにもグラデーションがあって、ノンセクト的な新しい運動が大事になっていくと感じた人は、社青同解放派やブントにいくし、今まで通りの革命ゴリゴリでいくという人たちは、中核派や革マルに思想的に近かった。でも後の世代は全てをひと色に、新左翼=中核、ヘルメット、内ゲバ、と見てしまう。当事者に話を聞かなければ、この距離関係は分からなかったでしょう。新左翼とノンセクトが共闘しなければ、東大ではおそらく闘争自体が成り立たなかった。この共闘関係が、非常に重要だと思います。
福岡 
 東大闘争は、機動隊の学内導入への怒りがきっかけで全学に広がりましたが、その収束過程では、東大入試の実施を巡り、大学当局に文部省が圧力をかけることとなった。また自民党政府により、大学措置法も強行採決されました。つまり、終始権力との闘いだった一面がある。そうした権力側の動きに対し、日共・民青は終息の仕方を考えるようになる。東大闘争は、彼らにとって革命の一コマでしかないですから。最後には全共闘をつぶすために、それまで対立していたストライキ反対派と手を結んで、大河内総長に代わった加藤一郎総長代行と、七学部集会で「十項目確認書」を交わしていく。ぼくらから言わせれば、それは曲げてはいけない意思を曲げた行為だし、東大卒としての生活を担保したいという私利に走る行為だった。ノンセクトと新左翼は、そういう権力側や民青に対峙する姿勢を崩さなかったわけです。

小杉さんは、そうした相互作用からの闘争の変遷を、個々人の語りに内在するところから詳細に描いていった。無いものねだりになるけれど、権力側の話も聞きたかったね。残念ながら、五〇年経っているので、当時決定権や影響力を持つポジションにいた人は、みな亡くなっている。
小杉 
 今、各大学の大学文書館が整備されつつあります。東大では社会学科の福武直先生の当時の記録などがアーカイブになっているので、そこは、そうした文書資料から繙くしかありません。
福岡 
 少し気になったのは、小杉さんが「語りたがらない人たち」を強調していたことです。
小杉 
 インタビューを断られるのはよくあることですが、「当時についてはしゃべらないほうがふつうという感覚」と言われたのが、ショックでした。
福岡 
 でも実際、四四人に聞いているじゃない。常々、当事者が語りたがらないことを問題の固有性として語ってしまうのは、どうなのかなと思っていてね。
小杉 
 当時東大生は学部生だけで約一万二千人いるはずなのに、東大生は三五人にしか聞けなかった、とも言えますから……。東大全共闘の「代表」だった山本義隆さんが、マスメディアには一切語らないのもよく知られた話です。一方で、東大闘争を含め、全共闘運動について書き残された本は、雄弁なものが多い気がします。当事者が東大闘争を対象化しづらいのは、当時の学生運動へのコミットの仕方とともに、その後の人生経験が絡むのではないかと想像しています。語らない人は、言葉にし難い何らかの語りづらさを抱えているのではないかと。
福岡 
 闘争へのコミットのありようとその後の生き方とが影響しているというのは、そうかもしれませんね。ぼくが声をかけて断られた一人は、当時、院生だったけど、結局、高校教師になった人でした。憶測でしかないけれど、闘争によって自分の生きたかった人生が生きられなかったと思っている可能性はあります。一方で、語り手Vの長谷川宏さんは、幾度も有名大学からオファーされても断り、在野の研究者として活躍。その信念は揺るぎないものがある。Iさんは、女性はどうしてもデモなどで力負けしたりしたことが悔しくて、その後も女性解放運動に関わった。彼女は「社共闘」は今でも解散していない、と語っています。
小杉 
 ただし、一九六〇年代の学生運動は、運動参加者のその後の生き方が、当時の思想から一貫しているかどうかが問われ過ぎるとも思うんです。闘争はその後の社会運動に何を残したのか、一九六〇年代の学生運動に参加した人は、その後の社会運動に参加しているのか、と。

筋が通った生き方は美しく見えるし、東大闘争では、自分の生き方を問うた部分があるので、その後の人生に思想が連続していれば、本人も闘争の意味を語りやすい。でも果してそれだけが、学生運動の評価の仕方なのか。

第九章では、東大闘争が七〇年代以降の社会運動に与えた影響を検証するために、参加者のその後の人生についての語りを拾っていますが、そこにあるのは一本筋が通った人生ばかりです。でもそれはとても稀なことで、本人の意志が強いし、同時に置かれた状況がラッキーだった。

昨秋開催された国立歴史民俗博物館の「1968年」展の東大闘争を担当した関係で、来場者アンケートを見せてもらいました。そのなかに、おそらく当時の学生・新左翼運動に関わって「本当だったら大卒の資格を手に入れ、それに見合った職業など人生を手に入れるはずだったが、そうではなくなった。その理由を知りたくて来た」と書いていた人がいました。そういう人がいるということにも、心を向けていたいんです。なかなか研究の枠組みでは捉え難い部分ですが。
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この記事の中でご紹介した本
東大闘争の語り ──社会運動の予示と戦略/新曜社
東大闘争の語り ──社会運動の予示と戦略
著 者:小杉 亮子
出版社:新曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
1968〈上〉 ――若者たちの叛乱とその背景/新曜社
1968〈上〉 ――若者たちの叛乱とその背景
著 者:小熊 英二
出版社:新曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
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