Shoes シューズ 書評|ジョン・ピーコック(マール社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年5月26日

靴には闇と死の匂いがする 
4000年もの靴の歴史を一堂に公開

Shoes シューズ
著 者:ジョン・ピーコック
翻訳者:徳井 淑子
出版社:マール社
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家人の転勤で北イタリアのミラノに住み始めた頃、一歳になったばかりの娘をバギーにのせて散歩に行った。初夏のまばゆい日差しのなか、当たり前のように娘は裸足。道行くひとが足を止めて、アジア人の子どもだ、と珍しそうに覗き込む。と、次の瞬間、「あらっ、裸足だわ!」と驚いたように言う。若い女の子も初老の紳士も、幼稚園児までもが、娘を見ての第一声は皆「なぜ裸足?」。

そのとき初めて、われわれ日本人にとってはただの履物に過ぎない靴というものが、西洋の人々には生きる根幹に関わる、他に置き換えることのできない伝統的生活習慣そのものなのだと知った。

まず家の構造からして違う。それぞれの部屋に鍵がかかり、特に居間はパブリックなスペースだから、個人がくつろぐ場所ではない。一日の仕事から解放されて、やれやれとベッドに倒れ込んでもまだ靴を脱がない。だから、ちょうど足の当たる場所にスローという、寝具を靴で汚さないための敷物を敷かねばならない。脚は、もっともプライベートな部位であり、つまりもっとも無防備なもの。そこを他者に晒すことは、ライオンがお腹を見せることと同様、生死にかかわる重大な行為と考えられているのだろう。たとえ赤ん坊であろうと素足を晒してはいけないのだ。

隠すべきもの、脚。だからこそ時の権力者は華やかな意匠を靴に施した。高い踵、強い色、華やかな刺繍などなど、ファッションの歴史は古代の呪術的な装飾を除けば、権力を誇示する男たちによって牽引されてきた。靴の歴史には闇と死の匂いがする。ファッションという「魔物」は、そんな匂いに目がないのである。

本書は紀元前2500年前から現在に至る、4000年もの靴の歴史を一堂に公開する、稀有な研究書だ。イラストが美しく、靴フェティッシュのわたしは見ているだけで楽しくなる。最初のページは古代エジプトの靴たちで、なぜかつい最近、どこかで出会ったような気がする。そうだ、江の島のサーフショップの店先に並んでいたビーサンではないか。ああ、人類最古の靴は、ビーサンだったのか。日本ならわらじだろうか。そのかたちが世界共通であるとしたら、面白い。

砂地の熱や石の硬さから足を守るために生まれた靴というアイテムが、いつしかおしゃれという要素をまとい、巻末に記されている数多くのブランドを生んだ。

権力誇示、飽きっぽさ、他者との差別化と追随。もっと高くもっと前に。そして美しいものを愛する心――。 

靴の歴史には、人間の本能がそのまま宿っているかのようだ。(徳井淑子・小山直子訳)
この記事の中でご紹介した本
Shoes シューズ/マール社
Shoes シューズ
著 者:ジョン・ピーコック
翻訳者:徳井 淑子
出版社:マール社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年5月25日 新聞掲載(第3240号)
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