文化戦争 やわらかいプロパガンダがあなたを支配する 書評|ネイトー・トンプソン(春秋社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年5月26日

消費する側の論理も分析すべき 
大衆消費社会批判は現代に有効なのか

文化戦争 やわらかいプロパガンダがあなたを支配する
著 者:ネイトー・トンプソン
出版社:春秋社
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アップルストアにはなぜレジがないのか? ここで商品を購入したい場合は、青いTシャツを着た店員に声をかければいい。彼らはジーンズの尻ポケットからそっけないそぶりでiPhone風の端末を取り出し、カード決済に応じてくれる。従来の小売店とはまったく違う。支払いという行為自体が体験の機会になっている。初めて買い物をしたものは誰しもちょっとした感動を覚える。アップルストアが体現するのは小売店の未来像である。

だが『文化戦争』という本の著者ネイトー・トンプソンは、これを「文化を巧みに利用した操作」として捉える。どういうことか。

店員たちがラフな格好をすることもレジがないのもアップル的。いかにもスティーブ・ジョブズが考えそうなアイデアに思える。アップルが提供するのは製品ではなく「経験や学習、高いデザイン性、そしてくつろぎを提供するスペース」といったすべてだ。だがそれは、ユーザーの情緒や感性に訴える最新型のブランド構築の手法なのだとトンプソンは、批判的にアップルストアを分析する。

本書が辿るのは「文化」「芸術」が常に作り手たちから奪われ、利用されてきた歴史である。具体的に文化や芸術とは、人の心を動かす道具のことを差す。文化・芸術は、恐怖や楽しみを生み出す装置であり、権力や巨大企業は常にそれを都合よく利用してきたと。

ナチスドイツのプロパガンダ、レーガンの選挙広告などの事例に始まり、IKEA、アップル、スターバックスなどの企業が「体験」や「交流」を売り物であるかのように打ち出す「ブランドデザイン」の手法まで、一直線に並べて分析してみせる。

このような手法、分野には、先行する多くの有名な書き手がいる。商業音楽のジャズを批判したアドルノ、大量生産を「フォーディズム」という思想として捉えたグラムシ、マスメディアの台頭を「スペクタクル化」と名付けたギー・ドゥボール。彼らは、大衆消費社会の行く末、及びその最新形態を見据え、批判していくタイプの批評家たちだった。

中でも腕利きで皮肉を効かせる書き手に、ボードリヤールがいた。彼は、「記号消費」を訴えた。高度に資本主義が進んだ現代の商品には、必要ない記号的な要素が加えられ、消費者は余分な金を支払っていると。その例として挙げられるのは、例えば当時の高級車に付いていた高速ワイパー機能などである。

IKEA、アップル、スターバックスを分析してみせる本書もボードリヤール的なおもしろさに溢れる。だが高度化する資本主義に疑問を呈す類いの大衆消費社会批判が現代においても有効なのかについては疑問がある。

ボードリヤールに関しては、近年は批判の声も目にする。ひとつ披露するなら、高速ワイパーを記号(飾り)と揶揄したボードリヤールは豪雨の中で運転したことがなかっただけだという批判がある。発したのは、哲学者のジョセフ・ヒース。皮肉屋のエッセイスト風情(=ボードリヤール)が消費社会をしたり顔で批判したところで世界の何が変わるのだろうか。それがヒースの真の主張だ。

著者が指摘するように、IKEAがモノをたくさん買わせるための仕掛けがあることもわかるし、アップルが宗教に帰依させるのに近いビジネスをしていることもわかる。それが「文化を巧みに利用した操作」だという理屈も正しいだろう。それは消費者だってわかっている。それでも人はIKEAのソフトクリームが好きだし、アップルストアでの経験に感動するのだ。消費する側の論理だって複雑である。そちらも誰か分析してエッセイにすべきだ。(大沢章子訳)
この記事の中でご紹介した本
文化戦争 やわらかいプロパガンダがあなたを支配する/春秋社
文化戦争 やわらかいプロパガンダがあなたを支配する
著 者:ネイトー・トンプソン
出版社:春秋社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年5月25日 新聞掲載(第3240号)
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