アセンブリ 書評|ジュディス・バトラー(青土社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年5月26日 / 新聞掲載日:2018年5月25日(第3240号)

身体をかけて意思表示すること ――21世紀新自由主義の中で――

アセンブリ
著 者:ジュディス・バトラー
出版社:青土社
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2015年に出版された本書は、チュニジア、エジプト、ウォール街で2010年、2011年におこった社会運動を背景として書かれている。3年後の2018年の今、この本が安倍政権に対する異議が噴出する日本に届けられたことの意味を考えさせられる。

アセンブリとは人が集まることであるが、どのような立場の人が集まるかによって全く異なる二つの意味がある。一つは選ばれた代議員が集まった「議会」。そして今一つは、議会の持つ権力に物申す民衆の「集会」である。前者は後者からの声を聞く義務があるのだが、時としてデモなどで示される後者の活動を恐れ、妨害し、鎮圧しようとする。本書において論じられているのは、民衆集会としての後者の集会における「表現的あるいは意味形性的な機能」である。

とぎすまされた批評理論を展開してきたジュディス・バトラーの著書であるが、本書を一読して感じるのは、アセンブリと言う概念が身体感覚の裏打ちを込めて論じられていることだ。集会参加者の身体がその場に存在し、身体をかけて意思表示することこそが集会の最大の意義である。身体を他の人たちの行動の中に置くとき、参加者の関係の中から何かが立ち上がってくるが、それは、デモによって主張されている要求、プラカードに書かれた申し立ての意味を越えた何かであるとバトラーは言う。

では、そうした集会の場で意味とはどのようにして作られていくのであろうか? バトラーは、かねがね論じてきた行為遂行性パーフォマティヴィティの理論をここでも持ち出してくる。集会における意味の生成とは、「身体が互いに協調しあい行為すること、複数の形の行為遂行性の形」なのである。これは集会の参加者にはどのように実感されるというのか?民衆集会が体現するのは、参加者たちが一つの洞察をそこで確認し合っているという実感なのである。個人で感じる生きにくさを集会の中に持ち込むとき、人は集まることによってそれを共有する他者がいるという洞察を得るばかりでなく、そうした社会構造こそが不公正であることにも思いをいたすことができるのだ。

集会に集う人々の情動を、バトラーは「不安定性(precarity)」という用語で説明する。2004年に出した『不安定な生』(Precarious Life)においてバトラーはすでにこの用語を使っている。9・11でテロの暴力にさらされたアメリカ人が、自分と外界との関係の脈絡が見えない不安をこの語に託したわけであるが、2015年の世界における「不安定性」はさらに意味が濃くなっている。不安定なのは民衆なのではなく、民衆の一人ひとりとその人が生きる社会との関係だ。

新自由主義を奉じる人たちが口にする「自己責任」という語は、経済的に自己充足する「責任」のことであり、グローバリゼーションの社会では、それが倫理的指標にさえなっている。人は「自分自身の市場価値を生の究極の目的として最大化する義務」を負っていると思いこまされている。そんな中、もし経済的に自分の生活を維持していくことに失敗した場合、その理由はひとえに本人に還元される。こうして「不安定化」の過程は人々を不安と絶望に順応させ、最終的には自立に失敗し「使い捨て可能」な存在になるという不安の中に孤立させるのだ。

バトラーの議論はこうした社会機構における負の連鎖へ向かう。「人は、自立することへの『責任』の要求に従えば従うほど、ますます社会的に孤立し、ますます不安定だと感じることになる。そして、人を支援する社会構造が『経済的』理由のために崩壊するにつれて、ますます自らの増大した不安と『道徳的失敗』の感覚をもって孤立を感じるようになる」というのである。

集まることにより、このような状況にたいする洞察が人々の心に宿るきっかけができるように。身体を集まりの中に置くことにより、自分がからめとられている社会的経済的構造の中で挙げられなかった声を共有できるように。アレント、フェルマン、デリダ、レヴィナスらの議論をふまえつつ、バトラーは、21世紀新自由主義において硬直してしまった身体を緩めるにはどうしたらよいのかをわれわれに問いかけている。(佐藤嘉幸・清水知子訳)
この記事の中でご紹介した本
アセンブリ/青土社
アセンブリ
著 者:ジュディス・バトラー
出版社:青土社
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