人文知のトポス - グローバリズムを超えて あるいは「世界を毛羽立たせること」 書評|(和泉書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年5月26日

現代社会に鋭角に切り込む「批評の実践」 
人文学的な専門を極めつつ普遍的な議論を行う

人文知のトポス - グローバリズムを超えて あるいは「世界を毛羽立たせること」
編 集:就実大学吉備地方文化研究所
出版社:和泉書院
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もう一〇年以上前の話だが、「科学ジャーナリスト養成」を謳う講座の運営を任されていたことがあった。学部・学科を超えてゼロからコース設計できたのでいろいろ知恵を絞った。科学というとすぐに自然科学をイメージするが、人文科学も社会科学も立派な科学のはず。そう考えて、生命工学や原子力技術などマスメディアの科学面で扱われがちな分野だけでなく、歴史や宗教、倫理などもジャーナリズム活動に必要な範囲で横断的に学べるカリキュラムを作った。

ところが――、コース運営予算の提供元であった文部科学省の外郭団体からお叱りを受けた。人文やら社会やらは不要だ、最近の科学技術分野を正確に報道できるように、知りもしないのに批判記事を書かないように、ジャーナリストに知識と情報を授ければいいのだと。そう言われて筆者は大いに憤慨した。対象を自然科学分野にもっぱら限定したとしても、そのあり方を批判的に検証するには人文科学、社会科学の知見や方法が必要だろう。批評と検証を失ったらジャーナリズムの存在価値はない。根本的に考え違えをしているのではないか、と。

こうした考え違えは、しかし、その後も修正されることなく、日本の文部科学政策全体に裾野を広げていったようだ。文系軽視の傾向はいよいよ強まり、文系科目は専門学校的な実用科目に再編されるべきだとか、グローバル化が進む世界で「使える」英会話を習得させろなどと言われる。

そうした風潮に抗い、人文学の立ち位置トポスを改めて見定めようとする本書は、岡山県にある就実大学吉備地方文化研究所が二〇一五年一〇月に開催したシンポジウムでの山本光久氏による基調講演と管啓次郎、小林康夫両氏の講演録、井上あやか氏ほかの十一の研究論文を編んだ内容だ。

たとえば『知恵の樹』の翻訳を通じてマトゥラーナとバレーラのオートポイエーシス理論を紹介する先駆となった管氏は『星の王子さま』の題名を『ちび王子』と改訳、作中の一人称を「おれ」に変えた経験を語る。そうすると、サン・テグジュペリの原作が、まるで移民の子がストリートキッズになってゆく現代的な物語のように読めるのだと。それは翻訳がまさに生成変化のコミュニケーション・プロセスであることを示す。

ミクロにみれば、あらゆる言語活動が生成変化をもたらす「翻訳」なのだ。こうした言語観と照らし合わせるとグローバル時代の“使える英語力"観が余りに浅薄な、ほとんど考え違いといってもよいものである事情が浮き彫りにされる。

小林氏はベラスケスの絵画「ラス・メニーナス」を、ピカソがいかに現代的に変換させて「アビニヨンの女たち」に結晶させたかの分析から議論に入り、(一)技術システムがそれに依拠している数理的な世界、(二)人間の自然言語に基礎を置く「意味」の世界、(三)アニミズム的な魔術的世界・「イメージ」の世界、(四)一神教的な超越的世界・「法」の世界の四元図式で私たちの世界を表象する試みについて報告した。

その講演録を読んで、筆者は自然科学報道であっても人文科学・社会科学を統合した見方が必要であることを再確認し、「それみたことか」と雪辱を果たしたような気持ちになった。筆者だけでなく、読者の多くも本書の中に「その通り!」と膝を打つ箇所を見出し、それと照らし合わせて自分の抱えている問題を再考することになるだろう。それは人文学的な専門知を極めつつ、同時に極めて普遍的な議論が本書でなされているからこそできることだ。山本氏の言葉を借りれば人文学は「いかにも円滑に機能しているかに見えるシステムを」脱臼させ、「表現の、言語の粒立ち、泡立ち、毛羽立ち」をあちこちに噴出させる。だからこそグローバル化が進めば進むほど、科学的であろうとすればするほど、人文学的批評が要請される。そんな構図を豊かな内実をもって示す本書は、人文学をなかったことにして都合よく逃げおうせようとしている現代社会に鋭角的に切り込んで「待った」をかける批評の実践となっている。
この記事の中でご紹介した本
人文知のトポス - グローバリズムを超えて あるいは「世界を毛羽立たせること」/和泉書院
人文知のトポス - グローバリズムを超えて あるいは「世界を毛羽立たせること」
編 集:就実大学吉備地方文化研究所
出版社:和泉書院
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年5月25日 新聞掲載(第3240号)
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