狩りの時代 書評|津島 佑子(文藝春秋)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年9月30日 / 新聞掲載日:2016年9月30日(第3158号)

「母は外の世界に身構え怯えていた」 作家の生涯に渡る作品のモチベーションがこの一行に

狩りの時代
出版社:文藝春秋
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狩りの時代(津島 佑子)文藝春秋
狩りの時代
津島 佑子
文藝春秋
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「狩りの時代」は二月に亡くなられた津島佑子さんの最後の作品である。原稿発見の経緯を津島香以さんが巻末に書かれている。四月から文学界に連載予定であったものを五月に延期したそうだ。とおそらく、この作品も連載が始まれば、スケールの大きな長編になったことが、その結構から予想される。一族三代に渡る物語であり、同時に日本という社会を世界の中に置きなおしてみる試みに満ちている。五月に上梓された「ジャッカ・ドフニ」が、日本が西洋世界と出会った一六世紀を舞台とした物語であるのに対して「狩りの時代」は日本が国際社会へと乗り出した二〇世紀を舞台として描かれる。

「狩りの時代」は知的障害を持って生まれた兄とその妹の物語がひとつの軸になっている。貧しい戦後の日本で兄は一五歳までしか生きられなかった。しかし、兄の存在の重みは妹の心の中に生き続ける。死者の存在の重みに、従兄弟がささやいた「フテキカクシャ」という言葉がまとい付く。やがて成長した妹は、二人の従兄弟たちと恋に落ちる。従兄弟たちとの恋にもまた不穏な「フテキカクシャ」という言葉の記憶が絡んでいる。その「フテキカクシャ」は物理学者として渡米した父方の伯父が手紙に書いてきたナチスの優生思想に繋がるものであることがしだいに明かされる。その一方で母方の伯父や叔母たちは、同盟国日本を訪問したヒトラーユーゲントを甲府駅に迎えた時の秘密を持っていた。

こうしてあらすじを書きだすだけでも、もし作者が五月に連載をスタートさせたとして、七月末に起きた相模原障碍者施設殺傷事件に遭遇したら、どれほどのショックを受けたであろうかと想像するだけで、背筋が寒くなる。ヒトラーの優生思想に共感を覚え、障碍者抹殺を公言するリアルな事件の被疑者は、小説家が描く物語よりもあまりにも単純で短絡的過ぎる。わずか一時間ばかりの間に四六人もの人を殺傷した事件の被疑者は二月に衆議院議長宛ての書簡を議長公邸へ持参したそうだ。津島佑子がこの作品を描く時間と、凶行に及ぶ青年の時間が同時並行的に流れていたようだ。稀に創作が時代精神を象徴する社会的事件と交点を結ぶことがある。津島佑子が引き受けようとしていた時代の精神が、いかに空恐ろしいものであったかをひしひしと感じながら、一方で豊かな筆力に支えられた「狩りの時代」が描き出す場面の美しさに圧倒される。作者の眼にこの世は美しいものとして映っていた様子が筆致から伝わってくる。

障害を持って生まれた子どもが亡くなったあとに「母は外の世界に身構え怯えていた」という一行があった。直接には障害を持った子どもを守ろうとした親の心理を描く一行だが、この一行は津島佑子の生涯に渡る作品のモチベーションではないかと、はっとさせられた。ここで言う母は、中心人物の母だが、津島作品には初期から「母の怯え」が描かれていたことが思い出されたのである。「光の領分」や「寵児」などの初期作品では子を産む主人公の「身構えと怯え」が描かれていた。「狩りの時代」では母の怯えに敏感に反応する子の気持ちが描かれている。母は親と言い換えても良い。親としての世間への「身構え怯える」という感覚は「狩りの時代」のほうがストレートに表明されている。そこに語りえないものを、語るための技法と感覚の成熟があり、ここから大きな物語があふれ出ようとしていることを感じ取らずにはいられない。それにしてもなぜこの作品に「狩りの時代」と言うタイトルが選ばれたのだろう。「差別の話になったわ」と作者自身が言っていたそうだが、そこにどんなイメージが展開されていたのかは、今はもう計り知れないのである。とは言え、それはどこかで全ての人間の生きる喜びへと繋がっていたにちがいない。
この記事の中でご紹介した本
狩りの時代/文藝春秋
狩りの時代
著 者:津島 佑子
出版社:文藝春秋
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