アメリカ短編ベスト10 書評|平石 貴樹(松柏社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年9月30日 / 新聞掲載日:2016年9月30日(第3158号)

アメリカ短編ベスト10 書評
冷静な考察と小説的な偏愛が 生んだ魅力的なアンソロジー

アメリカ短編ベスト10
出版社:松柏社
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アンソロジーを魅力的なものにする秘訣とは何か? それは傑作の中に、あえて凡作を配することだという。魅力的な俳句集が、秀作だけでなく、ほどよく駄句を混ぜているように。

これはかつて私が『生の深みを覗く』というアンソロジーを刊行したとき、ある人が教えてくれた言葉だ。凡作の随伴によって、傑作が引き立つということか、常に感動的な名作ばかりを収集する気忙しい欲望などいじましいということか。しかし、その正否に厳密な批評的検討を加えると、おもしろみを失ってしまう至言かもしれない。したがって、アンソロジーは名作や傑作を集めれば成り立つものではなく、読者の小説鑑賞のスケール感を揺さぶるような〈意外作〉を加えることが要諦なのだと理解しておきたいと思う。そのような考え方を念頭に置くと、本書の魅力はゆたかな遍在ぶりを示していることに気づく。収録作は以下のとおりである。

ポー「ヴァルデマー氏の病状の真相」/メルヴィル「バートルビー」/セアラ・オーン・ジュエット「ウィリアムの結婚式」/イーデス・ウォートン「ローマ熱」/ロンドン「火をおこす」/フォークナー「あの夕陽」/ヘミングウェイ「何かの終わり」/マラマッド「殺し屋であるわが子よ」/ボールドウィン「サニーのブルース」/カーヴァー「シェフの家」の十作に、次点作のようなかたちで、ブローティガン「東オレゴンの郵便局」が加わっている。

メルヴィルの「バートルビー」は、アメリカ短篇小説のほとんどのアンソロジストが選ぶにちがいない。デリダやドゥルーズ、アガンベンなど現代思想のアポリアに関与する作として多くの考察が進められていることもさることながら、この消極的であることに婉曲的な積極性を持つ、偏屈のような単純なような主人公の謎に、読み手がもどかしい気分とともに呪縛される稀有の小説だからだ。ボールドウィンの「サニーのブルース」もつとに傑作と知られ、しばしばアンソロジー・ピースとして採録される。同じくロンドンとフォークナーの小説も至当な選出と思える。

それとは逆なのだが、その選択に私が意表をつかれ、妙作、問題作、意外作として、短篇小説の魅力を再認識させてくれた作品をいくつか挙げるとすれば、まずヘミングウェイの「何かの終わり」だ。多くの短篇のあるこの作家から一作を選ぶのは至難の作業だったはずだが、有名作をさしおいて、まさしく意外な小説が採用された。ニックの登場する直前に置かれた、廃墟となった製材所の冒頭の描写に早くも魅了されてしまい、目を凝らして読み進めるほどの見事な作品と言える。多くの名短編があることでは、マラマッドも同じだ。「殺し屋であるわが子よ」の選択は、うれしい驚きであった。語りと話法が目まぐるしく交替し、そのつど切ない哀感が深度を増す卓抜な小説だ。翻訳も巧みな日本語の文体を実現している。

文字どおりの意外作の採録となれば、二人の女性作家ジュエットの晴朗な短編と、上流階級の夫人同士の心理的バトルが、あざといほどの結末をもたらすウォートンのシニカルな小説だろう。たしかに文学史的には無視できない小説家だが、ウェルティ、マッカラーズ、オコナーといった独自の作風を持つ女性作家の作品が見送られているのであるから、ここでもまた意表をつかれる。だが、これは浩瀚なアメリカ文学史の著作を持つ編者の確然たる判断であり、小説の方法的更新の歴史性を見据えた結果にちがいない。同時に、編者はミステリー作家としての顔も持つ。そう考えれば、本書のすべての小説が、内面的葛藤や人間関係の軋轢、あるいは事件のテン末にせよ、何らかのミステリアスなモチーフが物語を駆動していると言えないこともないだろう。意外にこうした小説への嗜好と偏愛が作品選択に隠されているのかもしれない。アメリカ小説の歴史的な展開への冷静な考察と小説的な偏愛が生んだアンソロジーとして、多彩な魅力を備えた一書である。
この記事の中でご紹介した本
アメリカ短編ベスト10/松柏社
アメリカ短編ベスト10
著 者:平石 貴樹
出版社:松柏社
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