ラカン『精神分析の四基本概念』解説 書評|荒谷 大輔(せりか書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月2日 / 新聞掲載日:2018年6月1日(第3241号)

『セミネール』へのもう一つの「入り口」 
ある種のカタルシスの経験をもたらす

ラカン『精神分析の四基本概念』解説
著 者:荒谷 大輔、小長野 航太、桑田 光平、池松 辰男
出版社:せりか書房
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とりわけ哲学・思想分野の著作の場合、これまで日本では翻訳者が翻訳の末尾に詳細な解説を付すということが広く行われてきた。時に難解な海外の先進的な仕事への理解の道を幅広い層に向けて開こうとするものとして、こうした出版文化はある意味で日本の人文学を下支えするものとなってきたわけだが、J・ラカンが1950年代初頭から30年近くにわたり行ったセミナーの記録『セミネール』の翻訳では、原書の校訂の方針を反映してこれが控えられてきた経緯がある。翻訳の契約の際に後書きをつけないことが条件になっていたり、またそれを許容する場合にも後書きを翻訳して版元でチェックを受けることが求められたりといったことは今日でこそ珍しくなくなってきているが、そうした潮流をある意味先取りするかたちで、解説なし+内容の解釈に立ち入らない最小限の註という『セミネール』の現行の翻訳スタイルは成立した。

ただその一方で、『セミネール』の原書の校訂のあり方そのものが大きく変化してきているということがある。註なし、文献表なし、索引なし、というその当初のスタイルは、師(メートル)の言葉を余計な方向づけなしに伝えようという配慮に由来するものとも言えようが、これに対しては学術出版の体裁として果たして十分なのかという疑問が早い時期から呈されていた。それがラカン生誕百年(2001年)が過ぎた頃を境にして、新たに刊行される『セミネール』には索引に加え、その理解の助けとなりうるラカン自身の、あるいは校訂者のジャック=アラン・ミレールをはじめとする他の著者のテクストが添えられるようになっている。ラカンが残した言葉に対する距離感の変化を伺わせる現象といえるだろうが、本書『ラカン「精神分析の四基本概念」解説』もそうした変化の文脈に位置づけることができるだろう。

せりか書房からは、これまでラカンの後期の著述を対象に、『ラカン「アンコール」解説』(2013)『ラカン「レトゥルディ」読解:《大意》と《評釈》』(2015)『ラカン「リチュラテール」論:大意・評釈・本論』(2017)といった一連の解説が公刊されている。これらの解説は、翻訳の巻末という伝統的な位置から切り離されたことにより量的な制約から解放されたわけだが、その一方で対象となるテクストとの距離をどう設定するかという新たな課題を抱えることになった。そのことはそれらの表題に「読解」「解説」「論」の三様の表現が現れていることにも見て取れよう。ラカンに関する限り、欧米でも「~を読む(Reading…)」式の著作はよく見られるが、それらがしばしば実質的にその著作をめぐる研究論文集であるのに対し、せりか書房のシリーズではテクストのより近くにとどまる方針がとられており、基本的に原著で述べられた内容がその順番で取り上げられて要約され、パラフレーズされ、あるいは部分的に引用されて注解を施されてゆく。同じ『セミネール』を対象とした『ラカン「アンコール」解説』ではそうしたスタイルが、時にラカンの語りと注解者の語りが混然となる、内在と俯瞰を行き来する語りとして実現していたのに対して、本書はいっそう俯瞰寄りの視点が設定されている点をその特徴とする。すなわち対象となる『精神分析の四基本概念』の頁数を明示した上で、基本的に区切りのない語りに対し話題ごとに独自の小見出しを設定するなど、注解というスタンスがより明確になっているということができる。また『セミネール』でしばしば見られる、典拠を明示しない他分野への参照が、その源となるテクストに遡って確認され、あるいは当時は自明であったがゆえに説明されていない発言の背景も復元されており、そうした『セミネール』のスタイルにストレスを感じた向きにはある種のカタルシスの経験をもたらしてくれることだろう。とはいえそこで対象に対してとられた距離は、完全な「鳥瞰」にまで達することはなく、いわばドローン的な高度にとどまっている。最終的にはテクストそのものに帰って行こうとする「解説」の倫理は、重要概念を要約的にまとめるかわりに関連する参照箇所の束を提供する、「キーワード別 縦読みガイド」という独自の仕組みに現れているほか、異なった時期のラカンの議論の混同をあえてする後代の解釈への批判的言及にもうかがうことができる。

いずれにしても、ラカン思想への最初のステップとしてしばしば薦められながら、その役割を必ずしも果たしてこなかった『精神分析の四基本概念』に、本書によってもう一つの入り口が設えられたことの意義は大きい。ぜひ手にとってご覧いただきたい。
この記事の中でご紹介した本
ラカン『精神分析の四基本概念』解説/せりか書房
ラカン『精神分析の四基本概念』解説
著 者:荒谷 大輔、小長野 航太、桑田 光平、池松 辰男
出版社:せりか書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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