リアリズムの幻想   日ソ映画交流史[1925-1955] 書評|フィオードロワ・アナスタシア(森話社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月2日 / 新聞掲載日:2018年6月1日(第3241号)

日露の文化交流の歴史を掘り下げる 
アーカイブや個人資料を渉猟した成果

リアリズムの幻想   日ソ映画交流史[1925-1955]
著 者:フィオードロワ・アナスタシア
出版社:森話社
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日露の文化交流の歴史を――それもテーマを映画における交流、時期を昭和の最初の三〇年に絞って掘り下げた学術書である。ロシアに生まれ、日本の高校、大学、大学院で学び、日露両国で学位を取得した著者ほどこの研究にうってつけの映画学者はいない。本書はロシアのアーカイブや日本の個人蔵の資料を渉猟した成果であり、評者のような門外漢には、学術的意義が高いことは分かっても正確に評価することは難しい。しかしそれでもこの本を興味深く読めたのは、やや乱暴に飛ばし読みをしたお陰だった。本書の構成を単純化して示すなら、(1)一九三〇年前後にソ連で製作された記録映画はそのリアリズムが評価され、日本にも影響を及ぼしたという事実を指摘し、(2)その影響をソ連への留学経験のある亀井文夫の作品の中に検証し、(3)リアリズムの概念が社会主義リアリズムによって一変していた五〇年代半ばのソ連において亀井の作品が公開された時、ソ連映画から学んだ亀井のリアリズムが賞賛された、という風になろう。日ソ映画交流史という主題、一九二五年から五五年という時代区分、記録性に基づくリアリズムという鍵概念のどれもが、亀井への関心から派生したように思われる。リアリズムを軸に語られる比較映画史としては、昭和初年の日本におけるソ連記録映画の受容を扱ったⅠ章(5節は除く)、日本を代表する記録映画作家でソビエトへの留学経験をもつ亀井を論じたⅢ章、《女ひとり大地を行く》のソ連公開について考察したV章(1節は除く)という順序で読み、残りを後で読んだ方が本書の構想は把握し易い。

では、後回しにした箇所がインテルメッツォでしかないかと言えば、そうではない。むしろこれらの箇所は、著者一流のアーカイブ調査の成果なのである。しかし事実に寄り添う姿勢を堅持する著者としては、一次資料の解釈を理論的仮説に従属させる訳にはいかないのだろう。同じ樺太を撮影した日ソの記録映画を比較するにあたって、ソ連の記録映画に特徴的な要素が戦時下の日本で適用可能であったか否かという問題を設定しながらも、著者が明らかにしたのは両国の政治理念や文化政策の相違であった。比較の対象となっている日本映画の半数が満州事変よりも前に製作されているため、影響については論じ難かったのだろう。

第Ⅱ章は現存しないと信じられてきたプリントをアーカイブで発見した著者が、日ソ初の合作映画《大東京》を多面的に考察した本書の白眉と呼ぶべき章であり、ソ連での公開用につけられたナレーションについての考察など、著者の独壇場である。しかし、ここでの記述からは、エグゾティシズムがリアリズムの対立項であるかのごとき印象を受けるが、リュミエール以来、紀行映画というジャンルが被写体となっている地域とは異なる地域の観客を想定していたことに思いを致すならば、あらゆる紀行映画にはエグゾティシズムが内在しているとも考えられる。もしそうなら、日本における《大東京》の受容を考察するには、原理的な困難が予想されよう。実際、「外国らしい認識不足」という日本公開時の批判を肯うかのように「外国人が見慣れないような光景」が数多く収められていると述べる一方、富士、鳥居、天守閣が登場しないことをエグゾティシズムの回避として評価した山田耕筰の意見に賛成するかのごとく、サイレントで見る《大東京》はリアリズムに対する期待を裏切らなかったと評するあたり、著者の記述には揺らぎが認められる。だがそれも無理はない。すでに明治期に来日した外国人の中にも神社仏閣ではなく住宅について書物を著したモースや、富士山ではなく北アルプスの美しさを称揚したウェストンのように、日本人の認識不足を正してくれた人々もいたし、〓大東京〓撮影の二年前に設立された国際観光局のポスターの中には、エグゾティシズムと無縁なアバンギャルド的デザインのポスターもまじっていたのだから。
この記事の中でご紹介した本
リアリズムの幻想   日ソ映画交流史[1925-1955]/森話社
リアリズムの幻想   日ソ映画交流史[1925-1955]
著 者:フィオードロワ・アナスタシア
出版社:森話社
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