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更新日:2016年9月2日 / 新聞掲載日:2016年9月2日(第3155号)

芥川賞について話をしよう第10弾(小谷野敦・小澤英実)

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「芥川賞について話をしよう」第10弾をお送りする。前回に引き続いて、作家の小谷野敦氏と、東京学芸大学准教授の小澤英実氏に対談をしてもらった。第154回芥川賞受賞作は、村田沙耶香「コンビニ人間」。他の候補作は、今村夏子「あひる」、高橋弘希「短冊流し」、チェ・シル「ジニのパズル」、山崎ナオコーラ「美しい距離」だった。 (編集部)

候補作のレベルが高い

小谷野
最初に全体的な感想をいっておくと、今回は候補作のレベルが高かったということですね。こんなに高いのは、この対談シリーズを開始して以来、はじめてじゃないか。「コンビニ人間」「あひる」「ジニのパズル」と、三作もいいものがあった。いつも私と相性の悪い選考委員が、島田雅彦を除くと、この三つを推したのも珍しい(笑)。中でも「コンビニ人間」は、あまりに面白かったので、一時期、村田沙耶香漬けになっていたぐらい、集中的に読んでいた。村田は、これまでも、いい作品で受賞してきましたよね。「ギンイロノウタ」で野間文芸新人賞、「しろいろの街の、その骨の体温の」で三島賞を受賞し、今まで芥川賞の候補にならなかったのが不思議なぐらいですね。
小澤
候補作を読む前の印象では、「あひる」「短冊流し」と、短めの短編が二本入っていたので、今回は候補にあげる作品に乏しかったのかなと思ったんです。「あひる」が五七枚で、「短冊流し」は四九枚。読んでみても短編二作は小品という印象が強くて、「コンビニ人間」「美しい距離」「ジニのパズル」の三つ巴になるのかなと思っていました。小谷野さんは前回お話した時、山崎ナオコーラさんが「美しい距離」で次回とるんじゃないかって、いわれていましたよね。
小谷野
あの時はまだ読んでなかったから(笑)。実際に読んでみると、酷い作品だった。
小澤
そうですか。小谷野さんは好きそうな気がしたんですけど。
小谷野
そんなことないですよ。まずフィクションなのに、仕掛けが何もないのがダメですね。実体験を描いたのでもなく、その変形でもないわけだから。
小澤
でもこの話は、山崎さんが入院されていたお父さんを亡くされた経験が反映されているようですよ。
小谷野
ならば、もう少しそのまま書けばいい。昔だったら、編集者が、事実をそのまま書いたほうがいいって助言したはずなんですよ。それだけ私小説の地位が低下してしまった。「美しい距離」は、夫が妻を亡くす話であって、まるっきり違う。「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」みたいに、むしろ妻が死んでほっとして、そのことに罪悪感を覚えるみたいな小説にした方が面白かったと思いますね。でも山崎は、お涙頂戴的な話を書こうとしている。これはダメだと思いましたね。どこがいいんですか?
小澤
今までの山崎さんの作品の中では、かなりいい部類に入っていると思います。
小谷野
私はワーストに近いと思っている。
小澤
最近の山崎さんは、物語の中に突然、主人公の信念や信条といった倫理的な話が、主観的に入って来る作品が多かったですよね。話の途中で、ジェンダーに関する話とか、社会に対する違和感みたいなものが必ず吐露される。最近の舞城王太郎にも感じるんですが、どうも説教くさくて、物語にアンバランスな感じがあるんですね。でも「美しい距離」では、その辺りがわりとうまく融合されているように感じられました。
小谷野
私には、相変わらず説教くさく感じられた。
小澤
そうなんですが、そこが少し薄まっている感じがしました。妻をかいがいしく介護して看取る夫の話というのも、ロマンチックで美しい話じゃないですか。高橋弘希さんの前作「朝顔の日」も看病ものでしたが。
小谷野
妻が四〇歳で死ぬのを、夫が看病する。それが小説になるのか。私には疑問ですね。
小澤
妻が亡くなるところの描写は、見事だと思いましたよ。
小谷野
別に。私は描写とかで小説を評価しないし、全体の問題です。
小澤
素敵なシーンじゃないですか。看病小説って、この人はいつどんな風に死ぬんだろう、とその瞬間を期待して読んじゃうところがありますけど、これにはやられました。
小谷野
私は、途中まで読んで、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
小澤
小谷野さんみたいな男性の胸にグッとくる作品なんじゃないかと思ってたんですけどね。石原千秋さんも、ご自身の体験に照らしながら読んで「涙ぐんだ」と、文芸時評で書かれていましたよね。
小谷野
川上弘美も、「作中の人たちのことを思って、すこし泣きました」とか書いていたけれど、私には全然わからない。本来ならば、主人公が荒れ狂ったり、もっといろいろな感情が沸きあがるはずでしょ。そこがまったく書かれていないんだから。山崎は、事実を書くことからはじめた方がいい。あの人は実体験はエッセイにしたりするけれど、むしろそれを小説にしたらいいと思いますね。
小澤
奥泉光さんが、選評で「死に向かい合う夫婦の「個別性」が、いまひとつ「普遍性」にまで至り得ていない」と書いてるんですが、彼女の最近の作品を見ていると、社会的にカテゴライズされた男や女ではなく、「人」そのものの個別性を描こうとしている傾向があると思うんですね。今回も、あの夫婦ならではの個別性を立ち上げることに成功しています。でも作中に「物語」という言葉が何度も出て来るんですが、他人の物語を拒否し、自分の物語という自らの個別性を守ろうとするがあまり、他人つまり読者の共感を呼ぶ普遍性にまで至っていないように感じました。でも文学や物語というのは、他人の物語と自分の物語が干渉し合って、摩擦を起こすところに生まれて来ると、私は思うんですね。それと今回の山崎さんの場合、男の人の目線で語る一人称にしたのが、失敗だったのかなと私は思います。一人称目線になっていることによって、夫が偏屈で狭量な人に感じられることがあって、彼に感情移入できない。この作品の性質上、それではダメなんじゃないかと思いますね。本来ならば、語られなかった妻の物語もあるはずなんですが、夫が自分の物語を夫婦の物語のように思い込んで、妻の物語を侵犯しているような気がしました。

二作同時受賞も?

小谷野
 そもそもガンを宣告された、そのはじまりのところで何を感じたのか。そこがまったく書かれていない。私の感覚でいえば、それは違う気がする。いきなり余命ちょっと前の話になっている。それから、たとえば主人公は上司の娘と結婚している設定になっているでしょ。そうすると、それなりに面倒なことがあったはずなのに、まったく書き込まれていない。書かないんだったら、なんで妻を上司の娘に設定したのか。私には、クエスチョンマークが三つぐらいつく作品ですね。
小澤
文体に関しても、誰が何をしたかという主語を隠して、動作主がわからないように工夫しているんですが、その意図がよくわからない。人間の距離感を問題にした小説なので、それを曖昧化するような狙いがあるのかとも思いましたが、そうだとしてもあまり効いてない。でも私は、最近のナオコーラさんが好きなんですよ。ぶれない、芯の強さがある。あのファイティングスピリッツがいい。
小谷野
私にはわからないなあ。それほどのスピリッツを持っているならば、私がツイッターで「事実をそのまま書いた方がいい」と助言したのに対して、きちんと答えて欲しい。
小澤
島田雅彦さんは「いっそファンタジー仕立てで夫婦愛を謳い上げれば、芥川賞などに頼らなくても、ベストセラーを狙えるはず」だと逆の意見ですが、小谷野さんと同じような印象なのかもしれませんね。
小谷野
この人は、通俗小説にいくべきだと思いますね。候補作にしても、それこそ「余命一年の花嫁」を純文学に仕立てたみたいな感じなんだから。
小澤
「ファンタジー仕立て」ということでいえば、「美しい距離」は、星々と人間の距離を重ねていますが、それって新海誠の「ほしのこえ」や「秒速5センチメートル」と一緒なんですよ。男性目線で離れていく妻を求める話であって、新海誠とか村上春樹っぽい話になっている。ジェンダーレスな物語を描こうとしているようにみえるんですが、やはりデフォルトの立ち位置は男性なんじゃないのかな。
小谷野
『病む女はなぜ村上春樹を読むか』にも書きましたが、私は、女が病んで、それを男が看るという構図の話が嫌なんですよ。古井由吉の「杳子」もそうですね。でも檀一雄の『リツ子 その愛』『リツ子 その死』は名作で、あれがあるんだから、あれでいいじゃないか。私はどうしても事実の強さを考えてしまうから、山崎の場合も、父親が亡くなったのならば、父が死んだ話を書いた方がいいと思う。
小澤
そうですか。そういう小谷野さんは「ジニのパズル」がよかったとおっしゃいましたけれども、これは、どのあたりを評価されたんですか。
小谷野
在日の作家だから左翼的だと思っている人がいるけれど、北朝鮮が悪いという話だからそうではない。だから、左翼的に、日本のほうが悪いと言いたげな人もいたでしょう。多和田葉子とか木村朗子とか。ただ、文学的にどうかと言えば、最初と最後がよくない。宮本輝が言っている通りで、出だしはアメリカ文学の翻訳みたいな感じで、最後も、どこからか持ってきたような言葉で、変なまとめ方をしている。「その腕の中に身を任せるようにもたれ掛かると、どこまでも続く終わりの見えなかった長旅を終え、やっと家に辿り着いたような、そんな気分になった」。いわゆる文学的なまとめ方であって、ここがよくない。朝鮮学校のところだけがいいんです。「ジニのパズル」が芥川賞をとったら、北朝鮮を怒らせたでしょうね。そういう意味でも受賞はなかったと思うけれど、「ジニのパズル」と「コンビニ人間」、もしくは「コンビニ人間」と「あひる」の二作同時受賞でもよかった。

「コンビニ人間」は偏差値72

コンビニ人間(村田 沙耶香 )文藝春秋
コンビニ人間
村田 沙耶香
文藝春秋
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小澤
 「ジニのパズル」に対する選評では、一様に書きぶりの荒削りさが指摘されていましたね。
小谷野
文章は下手ですね。
小澤
私は宮本輝さんとまったく同じことを思ったんです。文体が統一されていないのにびっくりして。序盤は硬質な感じなのに、それ以降で女性的な語りに変わっていて、語り手が全然違う人なんじゃないかと戸惑いました。それと全体的に既視感があって、川上弘美さんは「海外文学からの呼び声みたいなものを感じる」といっていましたが、私はどこか八〇年代の村上龍や村上春樹を読んでいるような感じがしました。あと文体に関して付け足すと、独特のボイスがすごくある人だと思うんですね。新人賞受賞のことばやエッセイを読んでも、作品と同じ熱を感じる。だから小説のボイスというよりも、彼女自身のボイスがとても特異なんだと思います。でも行動もパンクで、さわやかな青春小説の王道をいっていて、若い人には非常にいい作品ですよね。
小谷野
私は、チェ・シルの群像新人賞受賞のことばを読んで、これはひどいと思った。書き出しからして、すごく文学的な文章でしょ。おまえ、もうちょっとしっかりしろと、どやしつけたくなるぐらいの語り口ですよ。候補作にしても、先ほどいったように、真ん中のストーリーがいいだけだから、この人は、これ一発で終わる感じがしますね。
小澤
それじゃあ、そろそろ受賞作「コンビ二人間」の話をしましょうか。
小谷野
「コンビニ人間」は、単純に「面白い」ということでいいと思いますね。川上弘美が何か意味付けをしようとしていたけれど、意味付けなんてしない方がいい。ノベルというのは長編のことですが、もともとは「変な」という意味で、人間の変わった部分を描くのがノベルですから、そういう意味では正統的なノベルです。しかもうまい。小説をたくさん書いて技術的に成熟して来たところで、自分の日常を元にして描いたら、スマッシュヒットになった。谷崎の「蓼喰ふ虫」みたいなものですね。私もコンビニに毎日いくので、ここで書かれていることが、よくわかるんですよ。自分の勤めるお店でもないのに、商品パネルが埃まみれになっているのが気になって、つい拭きたくなってしまうとか。どこからフィクションなのかがわからないんだけれども、自分の実体験を元にはしている。コンビニには徹底したマニュアルがあって、すべてが決まっているから楽だという感覚もよくわかる。あまりにも自由だと、人間は何をしていいかわからなくなってしまう。私も勤め人じゃないので、たとえば八時一〇分になったら朝飯を食べるとか、一時半になったら昼飯にするとか、一日のスケジュールを決めてあるんですよ。だから、マニュアルに則って行動しようとする感覚がよくわかります。そうした決められた日常に、異質な男が入りこんで来る。そいつと一緒にいきなり同居をはじめたり、奇妙な小説ぶりが、実にうまく描かれている。村田は一時SFみたいな小説を書いていて、失敗作もある。上下に浮き沈みもあって、今回は、ぱんと上がったっていう感じですね。
小澤
村田さんは、二〇〇九年に野間新人賞、二〇一三年に三島賞ときて、今回芥川賞と、じわじわ着実にキャリアを重ねていますね。
小谷野
ただ、この先は保証しない。
小澤
「コンビニ人間」は、村田さんの作品の中では毛色の違うものですよね。これまでは、もっとグロテスクな身体とか、性のディストピアみたいなものを描くのがこの人の持ち味でした。そこからすると、今回はかなりマイルドな感じになったなあと。コンビニという舞台も読者に身近だし、主人公の変人ぶりも、やばいというより共感を呼ぶ範囲です。こういう変な人って、現実にいたら「キャラが立ってる」ともてはやされることも多いですよ。本人はつらいでしょうが。
小谷野
私は、変人は社会のオアシスだと思っています。世の中に変人がいなかったら、みんな退屈してしまう。でも「しろいろの街の…」なんて、中学生がフェラチオしちゃう話だったから、さすがに一般の人が読んだら、腰を抜かす。芥川賞受賞作は『文藝春秋』に掲載される。読者は高齢者がほとんどだから、そういう人たちがショックを受けるような作品には受賞させられない。
小澤
そういう人たちにはドン引きされそうですけど、私は「消滅世界」とか「殺人出産」とかが好きなので、あちらの系列で受賞して欲しかったですね。「コンビニ人間」は、いわゆる一般の読者が読んでも身近で面白く読めますからね。芥川賞受賞作としては「火花」以来の二五万部突破というのも頷けます。
小谷野
芥川賞というのは、退屈な小説に受賞させる伝統があるので、「コンビニ人間」の受賞は、突然変異みたいなもんですね。私の中では、芥川賞受賞作で三本の指に入るぐらい面白い小説です。高橋揆一郎「伸予」と李良枝「由〓」と「コンビニ人間」。『芥川賞の偏差値』という本を今書いていて、全部偏差値をつけているんですが、「72」が一番高くて、その三作に偏差値72を付けました。
小澤
「コンビニ人間」は私小説的なところもありますから、そこが小谷野さんの好みにも合ったんでしょうか。
小谷野
そうですね。ただし、私小説でもダメなものもありますよ。世間では、私のことを、私小説なら何でも褒めると思っている人がいるんだけれど、そんなことはない。大城立裕の川端賞をとった「レールの向こう」なんて、単なる身辺雑記であって、読めたものではない。やっぱり読んで面白いというのが大前提ですね。

悔やまれる今村夏子

小澤
 さっき私は、山崎さんの一人称を失敗だといいましたが、「コンビニ人間」の一人称はすごく成功しているように思えました。これは、変わってる人の一人称視点で語られていて、いわゆる「信頼できない語り手」です。たとえば周りの人間を模倣して、それらしく振る舞って周囲に溶け込めるようになったといっているけれども、実は最初から最後まで終始浮いていて、本人が気づいていないだけなんじゃないかという疑いもある。そういう行間を読むスリルもあるし、最終的に主人公がコンビニ人間になっていく最後の展開も面白い。それと前の作品との絡みでいえば、「ギンイロノウタ」というのは銀色のステッキに欲情してセックスする女の子の話なんですが、非人間なモノに対するセクシャルな欲望みたいなものが、「コンビニ人間」でも描かれていますね。コンビニに同一化したいという主人公の欲望、それが最後に成就される。
小谷野
「コンビニエンスストア様」というラブレター形式のエッセイを、村田は書いていて、これが面白いんですよ。kindleで無料で読めます。いつもコンビニとセックスしているっていう話で、つまりコンビニの中にいるから、セックスしているんだと(笑)。
小澤
「コンビニ人間になりたい」というのは、そういうことですよね。コンビニと一体化したいというのは倒錯した性的欲望であって、そう読むとさらに奇天烈な話になってくる。主人公は、現実の世界で白羽という男と人間的な関係を築こうとするけれど、最後は彼のことも排除して、コンビニと結ばれる。リーダブルで面白く読める小説でありつつ、いろんな読み方ができる作品ですね。
小谷野
高橋弘希の「短冊流し」はどうですか。私には、いつも同じようなことをやっているとしか思えなかった。自分の体験とはまったく関係ないところで仮構して、プラモデルを作るみたいな感じで、緻密にちくちくと物語を作っていく。高橋がデビューした時、石原千秋が絶賛したけれど、今でも本当にいいと思っているのか。石原に聞いてみたい。高橋自身には、一度私小説を書けと、私は言っておきたい。
小澤
「朝顔の日」や「指の骨」に比べると、今作は小品過ぎますよね。島田さんは、「本編を第一章とする三章構成の中編であれば、家族小説の傑作になっていたかもしれない」といっていますが、やはりスケッチ程度にしか感じられない。ただ、強く印象に残る描写もいくつかあります。高橋さんは、ある情景のワンカットを書きたいがために、ほかのすべてのシーンが存在してるんじゃないかと思えるようなところがあって、今回であれば、目の描写が凄まじいです。娘の綾音に母親が目薬を差すシーンと、最後に綾音が母親を見つめる、そのふたつのシーンを際立たせるために、まわりのシーンが構成されている感じがします。私はそこに押井守みたいなフェティシズムを感じます。小谷野さんは「私小説を書け」といいますが、ハイパーリアルとフェティシズムを組み合わせて、いい題材を見つけることができれば、カチッとはまると思いますね。それと最初にちょっといいましたけれども、高橋さんの場合、今回の候補は、そろそろ賞をとらせたいみたいな思惑もあるような感じがしました。今村夏子さんもそうですが、作品にあげたいというよりは、人にあげたい。この短編で受賞してもなあと思うんですが。
小谷野
今村夏子の「あひる」は、ダブル受賞ならあると思った。高橋はない。
小澤
短編と中編があったら、一緒の土俵で戦わせた時に、どうしても短編は見劣りしませんか。
小谷野
それはあまり感じないなあ。芥川賞は、水増しした長い作品が受賞する時もあるから。大江健三郎の「飼育」だって、長過ぎる。絲山秋子の「沖で待つ」なんて短くてきりっとしてたでしょ。だから「あひる」が受賞してもおかしくなかった。
小澤
「飼育」は九九枚、「沖で待つ」は七〇枚ですね。今村さんの場合、「こちらあみ子」が飛び抜けていた。今回の候補作ともぜんぜん違うし、あれで太宰賞と三島賞と芥川賞をトリプル受賞すればよかったのに、と悔やまれます。
小谷野
そのことについては、文春の人も言ってましたね、あれをなんで候補にしなかったのかって。だけどあの時は、太宰賞受賞作から候補になることはなかった。その後「さようなら、オレンジ」から対象にすることになった。
小澤
 小谷野さんは、「あひる」のどこがそんなによかったんですか。
小澤
知りませんけど、そうなんじゃないですか。
小谷野
 あの不気味さがいい。しかも、まるであったことをそのまま書いている感じがいいんですよ。
小谷野
それはすごいな。今村夏子、最強カードみたいな(笑)。
小澤
 あんな家があったら、怖すぎますよ。ほとんどホラーです。 
小谷野
 そこがいいんです。幽霊も出てこないのにホラーなんだから。ただ彼女の場合も、今後どうなるのか。難しいかもしれませんね。「こちらあみ子」から五年以上経っているでしょ。量産できる人ではない。
小澤
 「こちらあみ子」と「ピクニック」、それと「チズ子さん」に「あひる」だから、デビューして七年間で四作のみです。 
小谷野
 でも今回、よく候補になりましたね。掲載された『たべるのがおそい』は、新創刊なのに。
小澤
 今村さんへの注目度や編集者の推しが強かったのかもしれませんね。
小谷野
 新人小説月評で取りあげられたのは、今村夏子だったからですか。
小澤
 知りませんけど、そうなんじゃないですか。
小谷野
 それはすごいな。今村夏子、最強カードみたいな(笑)。
小澤
 期待値はものすごく高いですよ。滅多に書かないから、これは候補に入れなければとなったのかもしれないですね。今村さんはその後『文學界』に「バイキング」という短いエッセイを発表していて、実体験を書いたエピソードのようなんですが、見開き二枚で「あひる」と同じぐらい恐くて謎めいた物語になってました。「こちらあみ子」は、謎とか寓意性のある話ではなかったけれど、これからは「あひる」みたいな日常の不条理というか、非現実と現実のあわいみたいなところで物語を構築していく作風になるのかなあ。
小谷野
 それは川端康成の掌の小説みたいで、川端はあれがうまかった。川端にしか書けなかった。天才だと思いますが、初期の長編はひどくてね。今村夏子の場合も、今後どういうものを書いていくのか。私にはよくわかりませんね。
小澤
 小山田浩子とか、この系統の作家は多いので、今村さんには「あみ子」みたいなすごい作品をどうかまた書いてほしいですね。 
この記事の中でご紹介した本
コンビニ人間/文藝春秋
コンビニ人間
著 者:村田 沙耶香
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
ジニのパズル/講談社
ジニのパズル
著 者:崔 実
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
あひる/書肆侃侃房
あひる
著 者:今村 夏子
出版社:書肆侃侃房
以下のオンライン書店でご購入できます
美しい距離/文藝春秋
美しい距離
著 者:山崎 ナオコーラ
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
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