第一次世界大戦 平和に終止符を打った戦争 書評|マーガレット・マクミラン(えにし書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月30日 / 新聞掲載日:2016年9月30日(第3158号)

第一次世界大戦 平和に終止符を打った戦争 書評
当時の情景が目に浮かぶ 資料に基づいた魅力ある分析と記述

第一次世界大戦 平和に終止符を打った戦争
出版社:えにし書房
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第一次世界大戦は日本にとって「遠い戦争」であった。当時の言葉「欧州戦役」が示すようにヨーロッパを舞台とする戦争であり、まさに「対岸の火事」であった。同時に「大正新時代の天佑」(元老井上馨)であって、列強の目がヨーロッパに集中している間に懸案解決のため「二十一カ条要求」を中国に突き付け、日英同盟を利用してドイツに宣戦布告、山東のドイツ根拠地を攻撃、またドイツが勢力を扶植していた赤道以北の南洋諸島の権益を獲得するなどまさに漁夫の利を得た戦争であった。したがって、日本の研究者にとって第一次世界大戦自体は追求、分析すべき対象として魅力あるものではなく、それはもっぱら欧米の研究者にまかされたのであった。

これまでそうした欧米の研究書は何冊か翻訳されて日本にも紹介されているが、この度マクミラン教授の労作が世に出た。なぜ大規模な戦争に突入してしまったのか、開戦にいたるまでの皇帝、国王、外相、高位の外交官、軍司令官などの人間ドラマを綿密かつ冷徹に描きながら、外交史研究者の視点から現代史のさまざまな事象との比較を試みる。

歴史書にとって大切なのは、現在の視点から過去を描いたり、当時の人物を断罪する愚を避けることだ。著者はこのようにいう。
「一九一四年の夏の出来事を理解しようというのなら、私たちは拙速に責任を追及するのではなく、一世紀前に歩んだ人々の足跡に自分の靴を合わせるようにしなければならない。私たちは戦争の決定を行った人々が破壊への道を歩み始めたときに何を考えていたのか直に尋ねることはできないが、当時の記録と、後に書かれた回想録からその考えにかなり近づくことは可能である。はっきりしていることは、選択を担った人々が決定を下したり、決定を回避した際、一九一四年以前に発生した危機やその初期の段階で何があったかをかなりよく覚えていた、ということである」

そうした著者の姿勢は随所に示されている。第一次大戦の直接の原因となったオーストリア皇太子夫妻暗殺事件については次のように書く。

「六月二十八日日曜日の朝、サラエヴォは晴れていて、列車から降りた大公夫妻はオープンカーに腰をおろした。この手のオープンカーはヨーロッパでは数が少なかった。大公はオーストリアの騎兵将軍の制服で青いチュニック、羽のついた帽子のきらびやかないでたちで、大公夫人は赤いサッシュ以外はすべて白で身を包んでいた。陰謀者たちは全部で七人いたが、すでに所定の位置につき、訪問のルート沿いに集まった群衆の中に点在していた」

吉村昭の歴史小説を読む時感じるような当時の情景が目に浮かぶ描写である。
本書の魅力は資料に基づく魅力ある分析と記述だけではない。理解を助けるための四枚の地図、簡単な人物紹介、関連年表、索引、そしてページの間に挿入された二十枚の風刺画――これを辿るだけでも事態の推移が判り十分楽しめる、ボルシェビキに全員殺害されたロシア皇帝ニコライ二世とそのファミリーはじめ三十数枚に及ぶ写真、監修の滝田賢治教授の詳細な解説……と七百五十ページを超す大著にもかかわらず実に丁寧な著作となっている。学術書の翻訳は労多くして報われることはすくない。大著を実に読みやすい翻訳書に仕上げた訳者真壁広道氏の努力と厳しい出版情勢のなか本書の刊行に踏み切った出版社にも敬意を表したい。
この記事の中でご紹介した本
第一次世界大戦 平和に終止符を打った戦争/えにし書房
第一次世界大戦 平和に終止符を打った戦争
著 者:マーガレット・マクミラン
出版社:えにし書房
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