対談 雨宮処凛×千田有紀  「女子」の呪いを解く 『「女子」という呪い』(集英社クリエイティブ)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年6月8日

対談 雨宮処凛×千田有紀
「女子」の呪いを解く
『「女子」という呪い』(集英社クリエイティブ)刊行を機に

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作家・活動家の雨宮処凛さんが、『「女子」という呪い』(集英社クリエイティブ)を刊行した。
本書で描かれる<「女子」という呪い>、そして世界中に広がっている「#MeToo」とフェミニズムの現在について、著者の雨宮さんと現代社会論、ジェンダー社会学などを研究する社会学者の千田有紀さんにお話しいただいた。
(編集部)
第1回
■「#MeToo」の大きなうねり

雨宮 処凛氏
雨宮 
 私は「イミダス」(https://imidas.jp/)で、二〇一二年から「生きづらい女子たちへ」というコラムを連載しているのですが、それを単行本にまとめようという話をしているときに、#MeTooの運動が始まってすごく勇気づけられました。それまで貧困と生きづらさの問題を中心に活動していて、この連載を始めるまではあまりジェンダーのことを書いてこなかったのですが、私の代表作でもある、『生きさせろ! 難民化する若者たち』(〇七年、太田出版)という本の表紙のことで指摘されたことがありました。単行本の表紙イラストが三人のフリーターの男性だったのですが、貧困や格差、派遣労働の問題は女性に顕著に表れているのに、表紙が男性だけというのはおかしいと言われたんですね。ある意味、貧困問題って女性だけでなく男性に現れてきたことで社会問題になった側面がある。ジェンダー問題は貧困と根深く繋がっていると感じていたのですが、ただ、ちょっとそういうことを書くとすごいバッシングを受けて……。
千田 
 わかる(笑)!
雨宮 
 貧困とか労働問題では良いことを言ってるのに、ジェンダーとかフェミとか言うとたちまちヒステリックになって、女の一番良くないところが出るよねみたいな批判や、「そんなことを言う女だとは思わなかった」みたいな。
千田 
 裏切られた感ね。
雨宮 
 味方だと思ってたのにみたいな、そういうコメントが主に男性から寄せられました。イミダスの連載はジェンダーやフェミニズムとはなんぞやということからよくわからないながらも、途中からどんどん女性というテーマで怒りを感じることを書くようになってきて、主にそういうものをまとめたのが『「女子」という呪い』なんです。
千田 有紀氏
千田 
 裏切られた感っていいですね。私なんて社会学者なのに、裏切られたも何も、いつの間にか「フェミめ~!」と言われ続けて(笑)。まずバッシングを受けている感覚です。そこは違うなと思いました。私が雨宮さんが信用できると思ったのは、体験派、自分自身がいろいろな生きづらさみたいなものを自らの身体、肉体を通じて、試行錯誤されてきたことです。

上野千鶴子さんとも、『世代の痛み 団塊ジュニアから団塊への質問状』(中公新書ラクレ)で世代論的な話をされていましたね。最近、つくづく、ロスジェネ世代の女性たちって大変だなと思っています。私達の世代は、「女性の性って商品化されてる」という点を指摘すること自体が新しく、その意味では表面上はゆるく連帯できた世代だと思っているんです。争いは、性の商品化が存在することを認めるか、認めないかという問題だったから。性の商品化は現実としてあるじゃないか、というところは次第に合意が取れた。でも、ブルセラブームに思春期がかかっている人たちにとっては、性の商品化は、必ずしも批判的な意味ではなく、自明なんですよね。常に自分に値札が付くような過酷な青春時代を送ってきている。「自分が値踏みされてることなんて、大したことじゃないわ」という身振りをする方も多いですよ。でもときに、それ自体が内心の傷つきの否認であったり、独特の生きづらさを持っている方がいる世代だなと思っています。値札が付くということは、そこに数値によるヒエラルキーの値踏みが、生じるということでもありますよね。ブルセラや援助交際といった性の商品化の現象がでてきたとき、宮台真司さんはこの現象を所与のものとして肯定し、そこをサバイバルする女子高生を「賢い」といって評価していましたね。問題は市民社会の道徳で、そこに囚われていないひとたちが出てきたんだと。上野千鶴子さんも、家父長制への反抗、娘の身体を管理しようとする父親世代への反抗だと読み解いていました。

そこに対しては、私は疑義を呈したいと思っている。こういった若い女性の身体の商品化は、依然として買い手が男性で、若い女性が売り手という意味では、何も既存の構造を壊していない。むしろ今まで性の対象とされてこなかった、またするつもりもない女子高生、さらにいえば女子中学生、小学生までもを「潜在的商品」にするという効果も持ったと思います。

当時は私はもう大学院生で、自分の抱えている鬱屈を「まじめな大学院生」像からはみ出すファッションをすることで自己主張していて、「コギャルじゃなくてもう大ギャルだよね」とかいう冗談も受けてました。このロスジェネ世代の受けた時代の空気みたいなものは、共有もしているつもりでした。でも最近、この世代の女性の性の商品化に対するこだわり、良くも悪くも自分の身体を使った自傷を含む表現は、世代的に独特だなとも思うようになっているんです。すごく傷ついている。
雨宮 
 今日は本当に千田さんとお会いできて良かったです。このへんの話をすごくしたくて、でも誰と出来るのかよくわからなかったんですね。私は一九七五年生まれで高校生の時に女子大生ブームがあって、高校を卒業したら女子高校生ブームが始まって、どっちにもかぶらなかった(笑)。そういうことが九〇年代にあって、『売る売らないはワタシが決める 売春肯定宣言』(二〇〇〇年、ポット出版)みたいな本が売れて、宮台真司さんは、援助交際をする女子高生は軽やかなんだ、自分の身体を売りながら消費社会を渡り歩く新しいタイプの女性が出てきたんだというようなことを言っていましたが、当時、私自身はいろんなことをこじらせてリストカットしたりしていたので、「まったり」生きられない自分が不器用でイケてないと言われているような気もしていたんです。でも、実際私のまわりにはリストカットをしまくっている援交少女がいて、そのひとは宮台さんの本を読んで、援助交際をすれば生きづらくなくなるかもって援交を始めたという人で、さらにこじらせていて……。だからその辺は全然単純じゃない。ブルセラブームの中で、少し年下の女性たちが商品化されていく中で傷ついていたし、それを見ている女子高生じゃなくなった私も自分に価値がない気がしていた。私は二〇代前半の援交ブームの時にキャバクラで働いていたんですが、客のオジサンたちが普通に援助交際をした話をしていて本当に気持ち悪かった。人間不信というかオッサン不信になりました。
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この記事の中でご紹介した本
「女子」という呪い/集英社クリエイティブ
「女子」という呪い
著 者:雨宮 処凜
出版社:集英社クリエイティブ
以下のオンライン書店でご購入できます
いかにして民主主義は失われていくのか  新自由主義の見えざる攻撃/みすず書房
いかにして民主主義は失われていくのか  新自由主義の見えざる攻撃
著 者:ウェンディ・ブラウン
出版社:みすず書房
以下のオンライン書店でご購入できます
Black Box/文藝春秋
Black Box
著 者:伊藤 詩織
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年6月8日 新聞掲載(第3242号)
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