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八重山暮らし
更新日:2018年6月12日 / 新聞掲載日:2018年6月8日(第3242号)

八重山暮らし(44)

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島産パインの歴史は『龍の舞い・八重山パイン物語』(三木健 作/八重山台湾親善交流協会発行)にも両国の言葉で綴られている
(撮影=大森一也)
パインが来た道


ほぼ一年を通して島産のパインを食べている。

酸味の効いた爽やかな甘み。それなのに極上のジェラートのような濃い味わいがある。林檎、葡萄、桃に梨…、果物には昔から目がない。がしかし、どれも遠くの産地から運ばれたものばかり。距離にすると、むしろ輸入品に近い。

島のパインは、そもそも島のものではなかった。

それは戦前、すぐお隣の台湾から移入された。日本統治下時代、台湾から石垣島へ入植した農業を生業とする台湾人によって。彼らは故郷と同じく新たなパイン畑を耕作していく。山野で猛威を振るうマラリア、畑を食い荒らす猪、言葉の壁による無理解、偏見と闘いながら…。

いのちがけの開墾であった。

ところが戦中、陸稲、甘藷などの食料増産のため、パインは生産を禁止される。そして敗戦後、十年をかけて耕作したパイン畑は荒れ地と化す。無情にも開拓生活は振り出しに戻る。日本の理不尽に翻弄され続けた苦難の年月。それでも彼らの多くが日本に帰化し、この地にパイン産業を再興させたのだった。

今や、台湾からの授かり物の数々は暮らしに馴染み溶け込んでいる。八重山観光でお馴染みの水牛車。その祖先も田畑を耕作するために台湾から持ち込まれた。生きる術に長けた先達は、島になくてはならぬものをもたらした。かぐわしいパインを咀嚼しつつ、その軌跡を反芻する。
(やすもと・ちか=文筆業)
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