坂本篤 艶本狂詩曲 書評|備仲 臣道(皓星社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2016年9月30日

つねに発禁と隣りあわせ マイナーな世界だからこそ生まれた結びつきも

坂本篤 艶本狂詩曲
出版社:皓星社
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有光書房といえば、浮世絵研究家・林美一の『珍版我楽多草紙』や『あんばいよしのお伝』、岡田甫の川柳、尾崎久彌の江戸軟文学などの本を、古書即売会でよく見かけたものだ。軟らかいタイトルや凝った装丁が記憶に残っている。その社主だった坂本篤の評伝が本書である。

1901年(明治34)に甲府市に生まれた坂本の生家は、出版や新聞に関わっており、本人も10代から出版社で働いた。この頃、小遣い稼ぎに古本のセドリをするうちに、性的な川柳を集めた『誹風末摘花』を見つけ、江戸文学への興味を持つ。大正末年からは坂本書店出版部として、南方熊楠『南方閑話』、坂ノ上言夫『拷問史』などの民俗学、土俗学の本を出す。その後も、温故書屋として出版を続ける。

また、マスターベーションについて書かれた『千摺考』の写本を手に入れ、謄写版で復刻出版した。宮武外骨が著者ではと思った坂本は、本人に問い合わせて「然り」という返事をもらい、そのお墨付きを見せて販売したというから抜け目がない。

坂本の出版は、つねに発禁との隣りあわせだった。「性の表徴叢書」は図版が問題になって、内容見本が発禁になり、宮尾しげをに匿名で描かせ架空の版元名で出版した『浮世小咄』も摘発され、坂本が収監された。事務所の二階に白足袋が干してあるのは、警察が家宅捜索に来ているという合図だったそうだ。

戦後、1953年(昭和28)に有光書房を設立。ふたたび艶本の世界に戻る。林美一の『艶本研究・国貞』は、きわどい表現は伏字にしたが、特製本に限って伏字表をつくり読者に送った。これにより、猥褻図画販売などの容疑で京都地検により起訴されている。このあと10年にわたり裁判が続き、73年に有罪となった。

ほかにも、伊藤晴雨が精力を傾けて描いた『江戸と東京風俗野史』、江戸川乱歩の弟・平井通の『おんなずもう 見世物女角力志』などの奇書を刊行した。風俗を記録したものとしては、正岡容『明治東京風俗語辞典』も出しており、近年ちくま学芸文庫に収録された。

有光書房の著者をみると、『三十六人の好色家』の斎藤昌三は、書物展望社から書誌関係を出版した。『おとこごろし 女における妖魅の研究』の高橋鐵は、雑誌「生心レポート」を発行し「あまとりあ」の主筆でもあった。『俚俗江戸切絵図』編者の磯部鎮雄は、趣味系出版物の印刷を引き受けつつ、雑誌「いかもの趣味」を発行。『秘画鬼の生と死』の亀山巌は、名古屋タイムス社長のかたわら「名古屋豆本」の刊行を続けた。

在野の研究家・趣味人である彼らは、古くからの付き合いがあり、お互いの出版活動に協力し合った。いわば「ひとり出版社」のネットワークがあったのだ。大手出版社からすれば吹けば飛ぶような、数百部の出版物に時間をかけ、装丁に工夫を凝らし、儲けはほとんどない。そんなマイナーな世界だったからこそ生まれた、つよい結びつきだった(その一方で、支払いにルーズだった坂本は多くの著者と断絶したという)。人と人の関係の網目の中で本を生み出すのが出版という行為なのだと、改めて思わされる。

本書は、雑誌「噂」(1972年9月~73年12月)の「口伝・艶本紳士録」(聞き手は竹中労)をベースに、坂本の人生をコンパクトにまとめている。しかし、坂本篤という人物を生々しく感じさせるエピソードが少ないのが惜しかった。
この記事の中でご紹介した本
坂本篤 艶本狂詩曲/皓星社
坂本篤 艶本狂詩曲
著 者:備仲 臣道
出版社:皓星社
以下のオンライン書店でご購入できます
2016年9月30日 新聞掲載(第3158号)
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