近代日本彫刻史 書評|田中 修二(国書刊行会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年6月9日

自律へと跼蹐する人体造形 
「彫刻」概念の移入と文化摩擦の実相とに「近代」立体造形が孕む相克の歴史を照写する

近代日本彫刻史
著 者:田中 修二
出版社:国書刊行会
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九百頁に及ぼうとする大著。『近代日本彫刻集成』全三巻の編著刊行を成し遂げた著者にしてはじめて可能な達成だろう。記念碑とか金字塔といった形容が相応しい。今「記念碑」と記したが、そもそも近代日本における「彫刻」は「記念碑」monument概念がこの国に導入される経緯と切り離せない。翻ってみるに「近代」以前の東アジア文明圏に「記念碑」は存在しただろうか。頌徳碑や墓碑、傑出した統治者の廟や墳墓はあれども、凱旋門や人物像といった公共空間を埋める装置は、「近代以前」には不在だった。仏教美術史といえば仏像彫刻が特筆される。だがこれは明治以降に西洋より渡来した「彫刻」概念を、時代を遡って当て嵌めたもの。法隆寺や興福寺の仏像は、グレコ・ローマンの美の規範に匹敵する立体造形が東亜文明圏にも秘蔵されていたことを誇示する手段として復権された。廃仏毀釈の被害を蒙った信仰の対象は、大日本帝国の古代以来の文化的威光の証として、国民統合の象徴へと変貌を遂げた。古社寺調査や帝国博物館の設置とともに、崇拝価値の対象は展示価値の対象へと模様替えを果たし、大正時代を迎えると鑑賞価値まで帯びて、古寺巡礼の流行に寄与することとなる。  

ところが、こうした「近代的」な「彫刻」の制度的公認は、否応なく副作用を惹き起こす。たしかに奈良朝の鎮護国家に奉仕した仏像彫刻は文化財目録に登録され、国宝指定を受けた運慶ら鎌倉仏の傑作は、欧州ルネサンス美術とも対比された。だがその裏で江戸時代に量産された鋳造品は、美術品としての認定から除外され、明治期の美術学校制度に取り込まれなかった輸出用青銅器や見世物小屋で活躍した生人形、あるいは根付や牙彫といった造作は、彫刻の範疇から脱落したばかりか、産業としても没落の憂き目を見た。近年に至るまで、日本の近代彫刻史の沿革といえば、もっぱら東京美術学校の教程で認知された「彫刻」乃至「彫塑」に注目するばかり。多くの職人藝が「藝術」の範疇からは零れ落ちた。そこには藝術家と職人との階級分化を経験した明治後半の世相が横たわる。さらに工部美術学校に古典的な青銅鋳造技術が移入されてほどなく、明治末期の一九一〇年代にロダンの洗礼を受けた次世代の「藝術家」意識が、過去の忘却に拍車をかけた。幕末の職人技に讃嘆を隠さなかった高村光雲と、ロダンに師事した息子・光太郎とに、その価値観の世代差は歴然とする。

本書は一次資料を隈なく渉猟し、以上述べた如き「常説」そのものの問い直しを、個別の事例に密着しつつ、さらに突き詰めた筆致で次々と展開する。「彫刻」として画定すべき領分そのものが時代とともに刻々と変容を遂げ、それに対する評価基準が刷新される。とすれば、そもそも近代日本彫刻史を均質な通史として記述することほど無謀な企てはあるまい。この原理的な無理を各所で容赦なく摘出しながら、しかし本書は、年代毎に転変する話題群を巧みに繋ぎ、現場の党派的政治対立を腑分けしつつも、時代に翻弄される当事者たちへの配慮も怠らず、厄介な価値判断には流麗な筆捌きで対処して、安易な悪役指弾をも回避する。

彫刻史を織りなす千名を超す登場人物に的確な列伝形式の紹介を加え、制度史や美術団体史にも目配りしながら、時代時代を彩った論争や事件には、意想外だが臨場感溢れる引用を適所に沿え、時代相や歴史記述の勘所についても卓見を披露しつつ、読者を通読へと誘う。厳選された作品図版の布置は、著者の価値判断をおのずと披歴しているが、寸評といってよい作品解釈は、駄弁とは無縁な平明な語句のうちに、個々の作品の妙味を捉えて逃がさない。 

その卓見の幾つかを指摘しよう。まず人体像や肖像の立体造形を旨とする舶来技術sculptureが「彫刻」と翻訳され「美術」の地位を確立するにつれて、彫金・鍛金などの在来「技術」が放逐された。ここには直彫りによる木彫を高度に発達させた職人藝と、粘土や油土で作った原型を石膏に置換しコンパスで大理石に転写する西洋式の彫塑技法との葛藤が投影されている。大村西崖が唱えた「彫塑」は彫刻と塑像とを包括する概念だったが、そこからは実用的器物は「道具」「置物」扱いで除外され、その後の官展制度においても「工藝」は「彫刻」と区別され、浮彫などは展覧会から消滅していった。さらに昨今人気の超絶技巧には心血を注ぐが、人体解剖学に立脚した立体造形の均整や群像表現の構図などには十分に配慮が行き届かない――という細工物特有の造形感覚の限界が、近代日本彫刻一般の弱点にも通じる。だがこれとは対照的に、荻原守衛に代表されるロダン受容以降となると、彫刻の内的生命を尊ぶ傾向が顕著となり、それが木喰仏や円空の「鉈彫」の触覚的造形の再評価を招いてゆく…。

さらに、幕末明治初期に地方に輩出した名工の末裔は東京中心の美術教育機関に吸収されたが、その後身は地方に復帰しない。世代交代と中央集権の趨勢の一方、数々の技術刷新は地縁結合あって初めて実現した。公共記念碑の発注なくしては生業が成り立たない彫刻の社会的需要の特性と、それゆえに却って私的空間に適した自己表現が模索される捩れた脈絡。「彫刻」がようやく社会的認知を得た昭和期になって、遅まきに官立美術展に組み込まれた「工藝」の前衛集団で発生した純粋造形志向。戦時供出と敗戦後の思想検閲――。帝国日本が閲した屈曲や桎梏に、本書は地域と時代を追いつつ犀利な観察の目を行き渡らせる。

雄弁な歴史的証言が孕む危うさもしかと弁えて議論を展開する本書だが、一九五〇年代以降の「戦後彫刻の展開」を追う八章と「現代の彫刻へ」を論じる九章は、通史という話法の臨界をも露呈させる。触れるべき作者名の多さと、支配的前衛言説の呪縛と、彫刻概念そのものの変貌と――。だがこれら三兎を一度に追う「現代史」の困難から脱却するための方途も、本書にはすでに明確に示されている。立体造形が人体表象への癒着から離脱する陣痛に「近代彫刻史」の豊饒さも約束された。ナノ・バイオ・IT技術による身体と環境との相互融解が、人間の生体的能力を超えて亢進する今日、彫塑造形の将来も、本書の彼方に明確な未来像を刻んでいる。
この記事の中でご紹介した本
近代日本彫刻史/国書刊行会
近代日本彫刻史
著 者:田中 修二
出版社:国書刊行会
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年6月8日 新聞掲載(第3242号)
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