老いぼれ記者魂 青山学院春木教授事件四十五年目の結末 書評|早瀬 圭一(幻戯書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年6月9日

好奇心に火を点ける 
成果を次代のジャーナリストに託す

老いぼれ記者魂 青山学院春木教授事件四十五年目の結末
著 者:早瀬 圭一
出版社:幻戯書房
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副題を読んで「ああ、あの事件」と思う人の数も少なくなってきたのではないか。

1973年3月20日、青山学院大学法学部教授だった春木猛氏(当時63歳)が教え子の女子大生に「卒業試験の採点を手伝ってほしい」等々と持ちかけて研究室などに連れ込み乱暴したと『朝日新聞』が報じた。今で言えばセクハラ事件である。春木氏は逮捕され、一審で懲役3年の実刑判決を受けた。氏は逮捕当時より「女性の方から誘われた」と主張、控訴して最高裁まで争ったが棄却されて刑が確定している。当時としては下世話な好奇心も含めて、多くの関心を集めた事件だった。

新聞記者は同業社間で早刷りを交換しては「抜いた」「抜かれた」と一喜一憂する。3月20日付の記事は朝日の完全なスクープだった。毎日新聞の記者だった著者はライバル紙に見事に抜かれたことを認めつつも、どこか釈然としない気持ちを残していた。記事によれば暴行は一日空けて二度行われている。男女の関係としてそんなことがありえるのか。スクープ報道にご丁寧に春木氏の顔写真まで掲載されているのも用意が良すぎる…。

そう感じた著者は自らも取材を始める。まず青山学院で長く「絶対的な権力者」であった大木金次郎・学院長の自宅に夜討ちをかけた。学内抗争に春木氏が巻き込まれた“線”を疑ったのだ。しかし午前零時近くまで粘っても手がかりは何も得られなかった。

以後も著者は諦めず、『サンデー毎日』編集部デスクとなって社会派作家の石川達三を起用、春木事件について書かせたり、同じ毎日新聞社会部記者だった鳥井守幸の取材に協力したりしている。しかし、時の経過と共にさすがに関心が薄れていたことは、古巣の『サンデー毎日』が事件を取り上げていた1990年の記事に、新聞社を辞め、その後に務めた大学も辞めた後になってようやく気づいたという事実に明らかだ。四半世紀を経て「再発見」されたその記事には“地上げ屋”として知られる早坂太吉・最上恒産会長と、彼の愛人とされていた人物へのインタビューが含まれていた。早坂は春木事件当時、被害者の父と会社を共同経営していた。そして郊外キャンパス用地の取得を英断した大木院長と早坂との不動産を通じた“縁”らしきものも見え隠れする。著者の情熱は蘇り、記事を書いた元サンデー毎日記者から資料を譲り受け、記者人生の「最後の本とする覚悟」で取材を再開する。そしてついに「元女子大生」にたどり着くのだ。奇跡のように繋がった電話口で著者は「晩節に、私なりに春木事件の決着をつけたい」と告げる。その時、被害者が返した「それがあなたの記者魂ですか」という言葉が本書の題名となった。

著者は真犯人を見つけて悪事を裁こうとしているわけではない。ただ事実と仮説を示し、読者に判断を委ね、同業者たちの仕事も踏まえて現時点でわかった成果を次代のジャーナリストに託そうとする。後書きには編集者の間でも世代をまたいでバトンが渡され、本書が刊行にこぎつけた経緯が記されていた。老記者、老編集者は去ろうともジャーナリズムは死なない。そのことが個人的には強く心を打った。

さらに私事を重ねるが、評者は元女子大生と同じ東京都中野区にある都立高校の出身であり、彼女が教育委員会に務めていたという杉並区も生活圏内なので、ある程度の土地勘が働く。著者が夜討ちした大木院長の自宅や、院長の特別秘書として働き、退職後は鍼灸医として開業した女性の職場兼自宅も含めて東京西部の案外と狭い地域が事件の舞台になっていたと知り、自分でも分かる範囲でなにか調べてみようかと思った。たとえば大学の郊外移転は今となっては失敗と評されることが多いが、その背景にいかに政商がうごめいていたのか。こうして著者の記者魂は評者の好奇心にも火を点けるのだ。
この記事の中でご紹介した本
老いぼれ記者魂   青山学院春木教授事件四十五年目の結末/幻戯書房
老いぼれ記者魂 青山学院春木教授事件四十五年目の結末
著 者:早瀬 圭一
出版社:幻戯書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年6月8日 新聞掲載(第3242号)
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