炭坑の絵師 山本作兵衛 書評|宮田 昭(書肆侃侃房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年9月30日 / 新聞掲載日:2016年9月30日(第3158号)

炭坑の絵師 山本作兵衛 書評
炭坑の絵師の生きた記録 貴重な二〇世紀の民衆史として心に迫る

炭坑の絵師 山本作兵衛
出版社:書肆侃侃房
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炭坑の絵師・山本作兵衛の名は、二〇一一年の世界記憶遺産登録の「快挙」で広く知られるようになった。近代化を地の底から支えた坑夫たちの仕事や暮らしを、公的な資料にない視点から記録したことが高く評価されたのだが、無名の一坑夫の絵が突如として世界の「お宝」に選ばれるというシンデレラ・ストーリーも、注目を集めた理由だったろう。

評者は、縁あって二〇一三年夏に「坑夫・山本作兵衛の生きた時代」という企画展を担った。親族や親しい知人に贈られた世界記憶遺産未登録の絵画五九点を展示したものの、来場者の多くは「世界遺産を観に来た」と喜々として語り、影響の大きさを実感した。

とはいえ、作兵衛の絵の真価は、そうした「箔付け」とは対極にある。無私無欲、「絵に描いたような正直者」である作兵衛が、炭坑の記憶を子や孫に残したいとの一心で、見聞き体験したありのままを描いた結果が、世界に類のない独創的な仕事となったのだ。

本書は、生前の作兵衛のもとに通って酒を酌み交わし、会話を重ねた元朝日新聞筑豊支局長による、初の評伝である。

前半は、坑夫・作兵衛の生い立ちをたどる。それは本来ならば、人の記憶に残らぬ庶民の生活史だが、作兵衛が残した詳細な絵と文章が、掘り起こしを可能にした。その暮らしを筑豊の郷土史に結びつけ、立体的に描写しているのは、地元記者ならではの仕事だろう。

後半は、絵師・作兵衛の軌跡をたどる。夜警宿直員を務めながら筆をとり、炭坑記録画を描きはじめるところから、世界記憶遺産登録にいたるまでの物語だ。

作兵衛の絵を世に知らしめる役割を果たした重要人物は、田川市立図書館長・永末十四雄、記録作家・上野英信、画家・菊畑茂久馬の三人が挙げられる。炭坑の資料収集を行っていた永末は、絵の資料性の高さに驚き、頻繁に画材を持って作兵衛を訪れ、制作を勧めた。自身も炭坑に移り住み記録活動を行っていた上野は、作兵衛を師と仰ぎ、絵を世に出すための支援を惜しまなかった。菊畑はいち早く絵画作品として評価し、美学校の生徒に炭坑記録画を模写させた。

前述の企画展の際には、繰り返し彼らの名を耳にしたが、立場の異なる三人がそれぞれどのように作兵衛を支え続けたか、本書を読んでようやく実感できた。今後も「世界遺産」という枕詞とともに作兵衛の絵は受容されていくのだろう。であればこそ、そこに至るまでの経緯と、絵を広めた人びとの思いは記憶しておきたい。

上野の子息であり、古書店経営者・著述家の朱は、作兵衛の絵を「国宝ならぬ、民宝」と評した。地を這うような眼で、国家の記録に残らぬ者たちの記憶を描いた絵師の生涯を、これまた地を這うように丹念に取材した労作は、喜びと悲しみを背負った貴重な二〇世紀の民衆史として、読む者の心に迫ってくる。
この記事の中でご紹介した本
炭坑の絵師 山本作兵衛/書肆侃侃房
炭坑の絵師 山本作兵衛
著 者:宮田 昭
出版社:書肆侃侃房
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