国策紙芝居からみる日本の戦争 書評|安田 常雄(勉誠出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年6月9日

ヴィジュアルプロパガンダとしての紙芝居
取材を交えて克明に検証
戦時下の子ども文化研究にとっても貴重

国策紙芝居からみる日本の戦争
編集者:安田 常雄
編 集:神奈川大学日本常民文化研究所非文字資料研究センター「戦時下日本の大衆メディア」研究班 代表・安田常雄
出版社:勉誠出版
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紙芝居は、幼稚園でのお楽しみくらいに思われていたものの、昨今ではマンガやアニメ同様に、日本国内や東南アジアだけではなく、欧米でも広く関心を持たれつつある日本文化である。それが日中戦争の始まる頃から敗戦までに一〇〇〇種類以上も作られ、銃後の子どもたちに向けて戦意高揚のために活用されたのだ。「国策紙芝居」と呼ばれ、戦時教育や戦争プロパガンダを検証する貴重な資料なのだが、敗戦後意図的に焼却されたり散逸してその全体像については不明な点が多い。これまで戦時下の教育や子ども文化については、山中恒氏が膨大な資料を駆使して書き綴った「ボクラ少国民」シリーズに詳しいが、映画や絵本などと肩を並べた一般庶民向けヴィジュアルプロパガンダとしての、紙芝居が果たした役割についてこれだけ詳細に検証した本はいまだかつてない。

神奈川大学非文字資料研究センターは、二〇一二年に櫻本富雄氏旧蔵の「戦意高揚紙芝居コレクション」二四一点を購入したのを契機に、「戦時下日本の大衆メディア」研究班を組織して共同研究を続けてきた。その成果をまとめたのがこの一冊である。

紙芝居の歴史は、意外なことに映画やアニメーションやマンガの誕生よりも新しい。昭和初期の一九二〇年代後半から三〇年代にかけて、自転車の後ろの荷台に紙芝居を乗せて、街角で飴や菓子を売りながら紙芝居を上演する紙芝居屋が登場した。とりわけ「黄金バット」という怪異なキャラクターが活躍する冒険活劇が大ヒットし、街頭紙芝居ブームが起こるのだ。

おりしも昭和の大恐慌の時代で、巷に失業者があふれ、そこから紙芝居屋に転じた人も多かったという。当初は手書きの作品を使い回していたが、それを印刷して使う印刷紙芝居の流れは、キリスト教の布教から始まったという。東京の下町で手書きによる福音紙芝居を上演していた今井よねは、一九三三年に印刷物として発行し、「キリスト教紙芝居伝道談」を組織して活動したのだ。それを継承したのが、東大セツルメント系の流れをくむ松永健哉や高橋五山である。松永は「教材としての紙芝居」を「教育紙芝居」と名づけて自宅に「教育紙芝居連盟」を設立したなど、街頭紙芝居から戦時下国策紙芝居に至る流れや、共同研究の成果と残された問題点について、研究班代表の安田常雄が論考篇の冒頭で述べている。

街頭紙芝居は興隆当初から当局の取り締まりと指導の対象となっていたが、日中戦争が勃発した翌年の一九三八年四月に国家総動員法が発動され、脚本検閲などが強化されたのに呼応するかのように、七月に日本教育紙芝居聯盟を改組して日本教育紙芝居協会が発足し、一〇月からは国策紙芝居の企画・制作が始まる。それは、内務省警保局図書課による「児童読物改善ニ関スル指示要綱」が出されたのと並行している。日本教育紙芝居聯盟は、一九三七年四月に松永健哉を主事に、綴り方教育やプロレタリア児童文学運動に関わっていた、国分一太郎や川崎大治、堀尾青史らの協力を仰いだというから、昭和初年代の社会主義運動に対する弾圧強化の結果、転向させられた教育関係者が関わることになったのだ。それは戦時少国民文学で活躍した若手作家とも相似形をなす。

ニューギニア戦線で、岩壁に爪で「てんのうへいかばんざい ヒコウキ ヒコウキ」と文字を残して玉砕した兵士たちを描いた「爪文字」は、当時評判の作品だったという。悲惨な状況下で飛行機さえあれば勝てると、爪で岩を引っ搔いて遺言した兵士たちの悲痛な叫びは、銃後の庶民への強烈なメッセージなのだが、いま見ると異様ともいえる悲壮感の方が強く印象に残る。この作品と、藤田嗣治「アッツ島玉砕」との対比などもなかなか意味深い。

国策紙芝居は、兵士たちに天皇陛下万歳を叫ばせながら、天皇そのものが描かれていないのはなぜか。どのようにして作られ、誰がどのように上演したのか、各地での取材も交えて克明に検証されていく。

現存する紙芝居約二四〇点すべてをフルカラーで場面やストーリーを詳細に紹介しながら解説し、戦時下紙芝居の所蔵先リストまで網羅したA四判二六四頁の大著であり、戦時下のメディア検証はもちろん、子ども文化研究にとっても貴重であり、ここから読み取れることが多々ある。
この記事の中でご紹介した本
国策紙芝居からみる日本の戦争/勉誠出版
国策紙芝居からみる日本の戦争
編集者:安田 常雄
編 集:神奈川大学日本常民文化研究所非文字資料研究センター「戦時下日本の大衆メディア」研究班 代表・安田常雄
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年6月8日 新聞掲載(第3242号)
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