大松達知『ゆりかごのうた』(2014) うんちうんちうんちこんなにうんちなりうんちを待つてうんちを喜ぶ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
2018年6月12日

うんちうんちうんちこんなにうんちなりうんちを待つてうんちを喜ぶ
大松達知『ゆりかごのうた』(2014)

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ゆりかごのうた(大松 達知)六花書林
ゆりかごのうた
大松 達知
六花書林
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うんちやおしっこが日常とともに登場しないわけにはいかないシチュエーションというのがある。育児と介護だ。この歌も赤ちゃんのオムツ替えに取材した一首である。これだけが単独で紹介されていたら誰もが頭の上にハテナマークを浮かべるだろうが、オムツ替えという文脈で紹介されたら納得する人は多いだろう。そういうふうに一首外の文脈がどうしても必要になる短歌は珍しくない。歌集でもこの歌の前後に「ムツキ」や「みどりごのうんち」の歌が並んでいる。

短歌というジャンルはジェンダーに関してやや保守的な傾向があり、男性歌人が育児の実際的行為をモチーフとして詠むようになったのはごく最近のことだ。それまでは、子どもとの対話やコミュニケーションを詠んだものはあっても、オムツ替えのような具体的行動の歌はほとんどみられなかった。そのため、父親が育児の実際的行為を多数詠んでいる『ゆりかごのうた』というこの歌集は驚きをもって迎えられた。はたからみれば「今さら」感が拭えないけれど。

この歌では「うんち」が生そのものの象徴であり、それを「待つて喜ぶ」というのは生の全肯定といえる明るさを放っている。食べることも排泄することも赤ちゃんにとっては生きることの全てであり、親に喜びを与えるものだった。子どもが「うんち」大好きなのは、それすらも親に肯定され喜ばれていた頃の記憶が、まだかすかに残っているからかもしれないですね。
この記事の中でご紹介した本
ゆりかごのうた/六花書林
ゆりかごのうた
著 者:大松 達知
出版社:六花書林
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年6月8日 新聞掲載(第3242号)
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