ガリヴァーとオリエント 日英図像と作品にみる東方幻想 書評|千森 幹子(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月16日 / 新聞掲載日:2018年6月15日(第3243号)

ポスト・コロニアル的観点から 
明治から一九二〇年代までに力点を置く

ガリヴァーとオリエント 日英図像と作品にみる東方幻想
著 者:千森 幹子
出版社:法政大学出版局
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本書は『ガリヴァー旅行記』にみられるオリエント表象を扱う。第一部では英国版、特に一九世紀半ばから二〇世紀初めに頻繁に視覚化されたオリエント表象の理由と原因を探る。第二部では明治・大正・昭和初期に至る時期の日本語翻訳とその日本版挿絵を政治文化的背景の中での受容・変容・再創造の変遷を児童文学の系譜の中で考察している。

『ガリヴァー旅行記』ではオリエントへの言及は限定的だ。全四渡航記のうち、第一と第二渡行記には中東やアジアへの記述があり、第三渡航記で日本国への寄港の記述があるのに、第四渡航記では皆無である。第三渡行記では首都のエドで日本の皇帝に拝謁、踏み絵を特別に免除され、ナンガサク(長崎)へ護送されてからオランダ船でイギリスに帰港する。この第三渡航記に日本に関する描写が数多くある。

本書の意義は著者によれば、『ガリヴァー旅行記』テキストと英仏版挿絵にみる初めてのポスト・コロニアル的観点からの研究にあるのだという。著者は特に明治から一九二〇年代までの時期に力点を置いている。

風刺文学の傑作として名高いジョナササン・スウィフト著の『ガリヴァー旅行記』は一七二六年に地図とラガードの機械のみの図版入りの初版がでた。著者によれば、出版の翌年には各四渡航記に口絵が一葉ずつ添えられたという。つまり初期から視覚化されていたのであり、特に一八五〇年代に急成長した児童文学の市場に合わせて本来の風刺文学から児童文学として挿絵版の出版も活況を呈したという。小人島や大人国のガリヴァーをはじめとしてドラマチックなストーリー性のある場面が可視化された。子供の時に絵本で読んだ人は多いが、本文で読んだ人は意外に少ないのもむべなるかなだ。

英国版に限ってオリエント表象を通時的にみると、トルコが長らく欧州大陸のオリエント表象の中心であるのとは異なり、英国ではインドと中国が中心であった。インドは一七世紀以来東インド会社を通じて英国にとって近い存在であり、一八五一年のロンドン万博はインドが中心であった。だがインドが一九世紀後半に植民地になってからはオリエント表象の対象にはなりがたい。畏敬と神秘の国であり、長らくアジアの代表であった中国は一八四〇年のアヘン戦争で敗れて以来、それまでの眠れる獅子の存在から怠惰な国に堕ちて、風刺の対象となる。替わって関心は、六二年のロンドン万博、六七年、七八年のパリ博覧会での成功した日本に移る。フランスでのジャポニズムが起点となって、イギリスにも渡り、日本の伝統文化や芸術へと関心が好意的表象となって受け止められる。

『ガリヴァー旅行記』は本来風刺文学であるが、英国では一九世紀初めから原作の政治的風刺や寓意を排除して挿絵入りの児童文学のジャンルに取り入れられる。日本では明治政府の帝国主義的軍国少年育成政策の一翼を担っていた少年用冒険物語として受容された。楽しいストーリー性のあるお話として成立して、大正、昭和前期まで続くという。明治には原文に近い邦訳を目指しているが、大正・昭和初期は単行本の多くが完全翻訳ではなく翻案・再話・抄訳である。昭和初期から大戦終戦まで、五七種類のうち完全翻訳は僅か七種、学校教材あるいは対訳本が一一種、残りは再話、抄訳だという。

図版は明治期から大正前期までは英国版原著からの模倣が多いが、細部では日本画の伝統技法を取り入れているという。戦前までの図版では、西洋の植民地的表象は皆無であるが、その理由として風刺的に視覚化する技量、力量、自由裁量の余地もなかったのだという。明治以来八〇年間に渡り、帝国主義政策と勧善懲悪主義的な倫理観が児童文学の底流をなしていたという。本書に収録されたカラーも含めた数多くの図版は著者が時間をかけて収集したものであり、これを見るだけでも本邦における『ガリヴァー旅行記』の受容の歴史が実感できる。
この記事の中でご紹介した本
ガリヴァーとオリエント   日英図像と作品にみる東方幻想/法政大学出版局
ガリヴァーとオリエント 日英図像と作品にみる東方幻想
著 者:千森 幹子
出版社:法政大学出版局
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