「五足の靴」をゆく 明治の修学旅行 書評|森 まゆみ(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月16日 / 新聞掲載日:2018年6月15日(第3243号)

「明治の修学旅行」を描く 「平成の取材旅行」の楽しみ

「五足の靴」をゆく 明治の修学旅行
著 者:森 まゆみ
出版社:平凡社
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「五足の靴」――この四文字を見て、与謝野寛と北原白秋・吉井勇・平野万里・木下杢太郎ら「明星」の若き文学者たちの面影を思い浮かべる人が、どの位あるだろうか。明治四十年夏、長崎・島原・天草・熊本など九州を巡歴した新詩社の五人の、交代で「東京二六新聞」に連載した紀行文が、戦後野田宇太郎によって発掘され、その全貌が知られるようになった。その旅の様子やその後の文学に与えた影響の実態は、やっと近年、濱名志松・小野友道氏ら地元の方々の仕事で、かなり詳細に跡付けられてきた。「五人づれ」著『五足の靴』が岩波文庫に入ったのは『五足の靴』百周年の二〇〇七年だが、本書の記述は、その内容をさらに多くの読者に繋いでくれるものと言えるだろう。わたくし自身、本書を読み進めながら、各地に建てられた『五足の靴』の碑の存在を教えられ、土地の人々の思いを知った。

本書は、『五足の靴』をベースに、そこに描かれたゆかりの場所を訪ね、土地の人々から地域の情報を聞くスタイルをとる。まさに「「五足の靴」をゆく」である。「谷根千」の編集者としての経験と力量が、十二分に発揮されているわけだ。出典は明らかにされていないが、当時「明星」に載った杢太郎のスケッチも、ふんだんに紹介されて、理解を助けてくれる。著者は、五人が泊まった当時の宿を訪ね、描いた風景を探し出す。五人の旅のポイントは、新詩社関係の地方文学者がいる福岡・熊本、白秋の故郷柳川などでの人々とのつながりの体験と、大江の天主堂に宣教師を尋ねる、山道を難儀して辿る五人だけの苦しい体験との落差にある。しかし、著者には、そうした思いがけない苦労は見当たらない。三・一一の前後から、折にふれて書き継がれたこの紀行は、幸い『五足の靴』という下敷きが存在し、訪れる土地には人々のネットワークがあり、著者を迎えいれる準備がなされているのである。本書の面白さは、そうした地元の人々の話に親しく耳を傾ける著者の思い、直接話法で再現された、平戸などの人々の豊富な語りの言葉にあるのではないか。

かつて描かれた場所の現在の姿を見つめる著者の言葉には、長く町並み保存の活動を続けてきた著者の熱い思いがあふれており、引きこまれる。その一方で、本文の細部に眼を配り、かつての文学者の青春の息吹に寄り添うことがあれば、さらによかったのではないか。五人の文章が単なる素材として見られてしまっては、もったいない。著者は注意しながら、毎回匿名で書かれた文章の各回の実際の執筆者を推定する。その推理は面白く、著者ならではの発見もある。明治の文学への造詣に支えられた、新鮮な発言も見事だ。とりわけ、森鷗外の翻訳『即興詩人』に深く傾倒する著者が、本文の随所に『即興詩人』の痕跡をみる指摘など、興味深い。「五人づれは鷗外の薫陶を受けた人々であるが、鷗外についてはまったく記事の中で触れていない」という発見も、貴重だ。ここに新たな事実、五人の描く阿蘇旅行に漱石の影響があったはずだということが組み込まれれば、面白かったと思う。『五足の靴』の本文には、「漱石氏が『二百十日』式の」という言葉が見え、この旅の前年に書かれた『二百十日』を体験しようという意図が、はっきり見えるからである。「轟々たる物音」という表現もあり、『草枕』を思わせる「石に躓」くという体験すら垣間見える。本書に、漱石の名が出ていれば、と惜しまれる。ともあれ、著者ならではの「平成の取材旅行」の楽しみが詰まっている本書は、読者の新たな旅の手引になるだろう。
この記事の中でご紹介した本
「五足の靴」をゆく   明治の修学旅行/平凡社
「五足の靴」をゆく 明治の修学旅行
著 者:森 まゆみ
出版社:平凡社
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