オペラの20世紀 夢のまた夢へ 書評|長木 誠司(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月13日 / 新聞掲載日:2016年1月1日(第3121号)

類稀なるスケールの著作 
オペラを通じてあぶりだされる20世紀の肖像

オペラの20世紀 夢のまた夢へ
著 者:長木 誠司
出版社:平凡社
このエントリーをはてなブックマークに追加
『20世紀のオペラ』ではない、『オペラの20世紀』という点が重要だ。

のっけからタイトルについて述べたのは他でもない、『20世紀のオペラ』ならば、20世紀に生まれたオペラの作品や上演を解説した、いわばオペラ事典ということになる。もちろん本書にも、数多くの作品が具体的かつ詳細に取り上げられており、事典として使用できるという特徴はあろう。だがそのような皮相なハウツー機能を超えて、20世紀におけるオペラとは何か、20世紀とはどのような時代でありそれがオペラにどのような影響を与えたのかを多角的に検討しようというのが本書の狙いだ。つまるところ、オペラを通じてあぶりだされる20世紀の肖像といった趣であって、日本語で書かれたものという範疇だけでなく世界中を見渡しても、1人の人物が手がけた20世紀オペラ論として類稀なるスケールの著作に他ならない。

このような大作を手がけた著者だが、20世紀の音楽と社会を扱った研究でこれまでも様々な著作を発表してきた。と同時に、20世紀のオペラ(作品も上演も含めて)に関する批評を数多く残すいっぽう、20世紀のオペラ作品の上演にもドラマトゥルグ等の立場で積極的にかかわるといった具合に、理論と現場の両方のフィールドでこのジャンルに様々な貢献を果たしてきた。つまりは、20世紀のオペラについてひと方ならぬ関心と愛情とを注いできたわけで、「オペラに関してはかなりのエピキュリアンであることを自認している」とあとがきに書かれているのもむべなるかな。そのような彼が、「オペラは終わってしまったのだろうか?とんでもない。20世紀に作られた数々の面白く楽しいオペラ、深い味わいを醸すオペラ、それも(…)定番でないオペラの数々を見てきた筆者には、それがどうしても納得いかなかった」ことが、本書誕生の動機となっている。

詳細については論じるスペースがないかわりに、各部のタイトルを追ってみると、本書の内容的なアウトラインも一応見えてくるだろう。「オペラはヨーロッパのものだった」にはじまり、「オペラにおける中心の喪失」「政治と暴力とセックスと」「変容するオペラ」と続き、最後には「オペラはどこへ?」で終わる。つまり、きわめつけのヨーロッパの産物であるオペラが、第一次世界大戦等に見られるヨーロッパの崩壊の中でいきおいベクトルの修正を余儀なくされてゆく状況の中、非ヨーロッパ地域にも借り物に終わらないオペラ創造の動きが出始める。ただし、それは19世紀までのヨーロッパで栄えていたオペラのあり方に比べれば、内実においてもそれを取り巻く状況においても異なっており、このような事情がいきおいオペラの変容、さらにはオペラの将来性に対する悲観的意見を生み出す温床となっていった…。

こうしたアウトライン(といってもこれはあくまで読み方の一例にすぎず、むしろ多角的な読みを可能にしているのが本書の魅力なのだが)に沿って、具体的な文面も紹介しておこう。たとえば1926年にベルリンの新聞が「『オペラに危機はあるか』という質問を歌劇場のインテンダントや作曲家に送り、その回答を掲載した」ところ、「これからもずっとひとびとに愛されてゆくだろう」という楽観的な回答が出るいっぽうで、例えばシェーンベルクなどは「『オペラの危機』を予感し、真剣に論じており、雑誌も新聞もそれを好んで採り上げていた」出来事が挙げられている。そしてこのような2つの異なる反応を踏まえ、著者は次のように語るのである。「21世紀の今日でも、相変わらず同じようなオペラの危機がさけばれて、それにもかかわらずオペラ文化が消え去っていない状況を見ると、どちらが正しかったのが判然としない。」もちろん著者はこの後、シェーンベルクの抱いた危機感が何であったのかということを緻密に分析してゆくのだが、まさにこの2つの対照的な見解の中に20世紀のオペラは生きることを宿命づけられていた。

なおこうした見方は、著者が日本を中心に活動しているからこそ、より痛切に芽生えることとなったのだろう。それは、次のような日本の状況に対する批判にも現れている。「オペラ自体がそもそも死んだ、過去の文化など、さも分かったように口にする人が多い。(…)ただ、それもヨーロッパと日本とではちょっと様子が違っている。オペラの危機が叫ばれ始めた時代、1920年代から30年代という、ヨーロッパでも日本でもモダニズム旺盛な時代に、日本はようやく(…)〈本格的〉なオペラ創作を手探りで始めた。」なればこそ、日本の現状に対する論考が、「序章」だけに限られているのは惜しまれる。

そして、評者としてはやはり自問せざるをえないのだ。19世紀のヨーロッパにおけるオペラが社会を映す鏡だっただけなく、オペラ自体の社会への大きな影響力を持っていたことを考えるに、「オペラの20世紀」がいとも簡単に「20世紀のオペラ」に反転してしまう現状を、著者は本音の部分でどう捉えているのか?余韻の中に謎を残して、本書は終わる。
この記事の中でご紹介した本
オペラの20世紀 夢のまた夢へ/平凡社
オペラの20世紀 夢のまた夢へ
著 者:長木 誠司
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
小宮 正安 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
芸術・娯楽 > 芸術学・芸術史関連記事
芸術学・芸術史の関連記事をもっと見る >