文学はなぜ必要か 日本文学&ミステリー案内 書評|古橋 信孝(笠間書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年6月13日 / 新聞掲載日:2016年1月1日(第3121号)

古代から現代にいたる通史 
個々の表現のかたちを解読しその必然性を解く

文学はなぜ必要か 日本文学&ミステリー案内
著 者:古橋 信孝
出版社:笠間書院
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わたしは古橋信孝氏によって「文学史」の面白さに目覚めせられたといって過言でない。わたしが編集実務を引き受けた『日本文芸史―表現の流れ』(河出書房新社)で、「文芸」の語を文のワザの意味で用いるなど、全体構想を練ったとき、一番熱心にリードしてくれたのは古橋さんだった。その第一巻が刊行されたのは一九八六年で、その第四部に「オキナワとアイヌの文芸」が入っているのも古橋さんのアイデアである。それから三〇年も経とうとしている。分担執筆された方々は、その後、第一線で活躍している。なお、そのシリーズは版元の事情による中断をはさんで、二〇〇六年に全八巻が完結した。

今度の本の帯にも、「新しい日本文学史」とある。近現代は、いわゆるミステリーに絞っているが、個人の著書としては、久々の古代から現代にいたる通史である。

丸谷才一『日本文学史早わかり』が一九七八年の刊行。これは、二〇世紀西欧の象徴主義及び芸術至上主義の展開を受け、岡崎義恵や萩原朔太郎が基礎を築いた『新古今和歌集』を基準点にとる文学史観にのっとったもの。その間に、小西甚一の大著『日本文芸史』全五巻(一九八五~九二)が出、西欧近代美学を基準に、「雅」「俗」「俳諧」(のち「雅俗」)の三つの原理が展開する図式の強引さが目立つ旧著『日本文学史』(一九五三)が一九九三年に文庫化された。

かつて古橋さんは、『日本文芸史―表現の流れ』第一巻で、神話が歌謡として発現することに着目し、「神謡」という概念を提出したが、本書にも登場する。古代共同体と家族、個の関係を基盤に表現が立ちあがってくることを根本にすえ、個々の表現のかたちを解読する方法は、今度の著書でも貫かれ、よく知られた文学作品が、その時代時代になぜ生まれたのか、いわば、その必然性を解いてゆく。「文学はなぜ必要か」というタイトルの一半には、それが含意されている。ミステリーの今日についても、昨今の社会意識の変容の反映を読み取っている。第二次世界大戦後に台頭した文化人類学などの構造主義の流行を受けつつ、それが排除していた歴史性を回復し、自己表出を中心に表現の歴史を辿る企図が明確である。その方法的な意志の持続には感服する。

だが、そうであるなら、前近代における国家―社会の関係とそれに対する意識の展開の掘り下げが必要になる。ヨーロッパのように教会を中心にした共同体とは別に市民社会が形成されるという構図は、東アジアでは通じない。江戸時代には、地縁血縁共同体を保持したまま、幕藩二重権力体制のもとで全国市場が形成され、各身分は対等という意識がひろる国際的にも稀な事態が進展した。次第に西欧近代に近づくかのような内在的近代化論は効かない。

それとは別に、今度の本では、王朝期の「仮名文学」には食べ物や性など身体表現がタブーになっていたこと、作り物語に対抗的に書かれた『かげろふ日記』へのリアクションを『源氏物語』に見ていること、芭蕉の俳諧のかたちが安定するのは『奥の細道』以降という指摘など、盲点をつかれた感がある。よく吟味し、考えてゆきたい。

それにしても、明治期に西欧近代とは異なる編制で「日本文学」概念がつくられ、展開してきたことを論じたわたしの『「日本文学」の成立』に対する書評で、古橋さんは「美」の普遍性を問題にしないのかと問うた。本書で「文学」は感情表現全般、また虚構性を芸術性と呼んでいる。これは古橋さんがかつて鋭く批判していた近代主義の一種ではないだろうか。「日記文学」なるジャンルは、一九二〇年代に池田亀鑑が発明したもの、「説話文学」は第二次世界大戦後に説話文学会の設立によって固められたもの。漢詩文を度外視し、和歌と物語の和文体をとりあげ、日本語には抒情性が強いなどとのたまう国語学者の言語ナショナリズムに与しているのも古橋さんらしくないと思う。 
この記事の中でご紹介した本
文学はなぜ必要か 日本文学&ミステリー案内/笠間書院
文学はなぜ必要か 日本文学&ミステリー案内
著 者:古橋 信孝
出版社:笠間書院
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