近代ユーラシア外交史論集 日露独中の接近と抗争 書評|三宅 正樹(千倉書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!
▶メールマガジン登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

読書人紙面掲載 書評
2018年6月14日

ソ連・フィンランド戦争の世界史的重要性に気付かせる

近代ユーラシア外交史論集 日露独中の接近と抗争
著 者:三宅 正樹
出版社:千倉書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
本書は『日独伊三国同盟の研究』で知られる著者による日本・ロシア・ドイツ・中国を中心としたユーラシア大陸の近現代外交史についての論集である。

著者はユーラシア大陸の外交史を見ていくにあたってまずマッキンダーのハートランド理論の重要性を説いている。ハートランド理論とは、ユーラシア大陸内部の草原地帯の世界史における決定的重要性を強調する理論である。このハートランドの中央に位置するロシア帝国とハートランドの「内周の半月弧」の中に位置するドイツ帝国が軍事同盟を結んだ時それは英国及び世界全体の脅威になる、というのがマッキンダーが20世紀初めに発した警告であった。

この理論が、アメリカ・エール大学のニコラス・スパイクマンに影響を与えそのリムランド論(日本・朝鮮半島など内周の半月弧の周辺地域をアメリカの提携地帯とすることにより独・露の拡大を防ぐことができるとする)を生み出し、それがまた冷戦初期における外交官ジョージ・ケナンの「封じ込め」理論につながったわけである。

この視点からすると重要なのが1905年のドイツ皇帝ヴィルヘルム二世とロシア皇帝ニコライ二世との間でフィンランドのピヨルケで交わされた提携密約であった。これは結局挫折するが、34年後に独ソ不可侵条約という形で成立することにもなる。

こうした基礎的視点の上に著者は、後藤新平・松岡洋右・日独防共協定・日独伊三国同盟・中ソ関係など多岐にわたる問題を扱っているが、紙幅も限られているので、ここでは1939年に起きたソ連・フィンランド戦争だけを採り上げて紹介しておきたい。

フルシチョフは「フィンランドに対して我々がとった行動(中略)については疑問がある」とし、「道徳的な問題」として自衛への「希望」を挙げた上で、「むろん、我々には法的な権利はまったくなかった」として、この戦争が国際法的に弁護の余地のないことを認めている。

そしてソ連軍の苦戦・フィンランド軍の敢闘が、ヒトラーにソ連攻撃の意欲を高めさせ自信をつけさせたとしている。著者によると、これは最近のドイツの研究者の説とも符合するという。すなわち、独ソ不可侵条約締結時にはソ連との長期の協力を言っていたヒトラーがソ連攻撃に変わったことを知ったゲーリングが変心の理由を聞くとヒトラーは“ソ連・フィンランド戦争”と答えたというのである。

赤軍が弱体であることを知った上に好戦的な攻撃性を知ったので、西部戦線が手詰まりになるとソ連が攻撃してくるに違いないから先に叩こうという気持ちになったわけである。しかし、ソ連・フィンランド戦争で苦戦したソ連軍はこれを教訓として飛躍的な戦力強化を図っておりヒトラーはこれを認識していなかったのだ。

ただし、独ソ戦の初期にソ連軍は苦戦するが、その背景に大粛清があったことも、バベロフスキの『赤いテロル』に基いて著者は指摘している。このようにソ連・フィンランド戦争の世界史的重要性に気付かせてくれる著者の筆致は得がたいものといえよう。

最後に、著者も重視する、ソ連崩壊を予告したフランスの政治学者エレーヌ・カレール=ダンコースの日本人へのメッセージを紹介しておこう。

彼女は、日本が日露戦争により「ロシアが大帝国ではないことを示した最初の国」であることの重要性を指摘しつつ、新生ロシア国家が強国たる地位を保持するにはヨーロッパの外に出ることが前提であり、ヨーロッパ内に止まればドイツの国力が文句なしにロシアに優るという。太平洋にまで出ればドイツと国力を並べられ、アメリカに対して重要な国であり続けられるのだ。

日本は、太平洋において日本を必要とする交渉相手を持つということの意義を噛みしめつつ、同時にそれがソ連ではなく伝統的ロシア国家だということをよく理解する必要がある、というのが彼女の結論である。問題は我々がこれをいかに消化するかであろう。
この記事の中でご紹介した本
近代ユーラシア外交史論集   日露独中の接近と抗争/千倉書房
近代ユーラシア外交史論集 日露独中の接近と抗争
著 者:三宅 正樹
出版社:千倉書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2016年1月1日 新聞掲載(第3121号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
筒井 清忠 氏の関連記事
三宅 正樹 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
歴史・地理 > 日本史 > 近代以降関連記事
近代以降の関連記事をもっと見る >