昭和俳句の検証 書評|川名 大(笠間書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月25日 / 新聞掲載日:2016年1月15日(第3123号)

昭和俳句の検証 書評
当時の資料を読み込み時代の息吹を肌で感じつつ俳句史を構築

昭和俳句の検証
著 者:川名 大
出版社:笠間書院
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昭和俳句の検証(川名 大)笠間書院
昭和俳句の検証
川名 大
笠間書院
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文学愛好者が近代俳人を想起する時、例えば正岡子規や高浜虚子、種田山頭火あたりを想起するかもしれない。より関心を抱く人士ならば秋元不死男や三橋鷹女等も脳裏に浮かぶだろうし、例えば次の昭和俳句史も暗唱しうるだろう。すなわち高浜虚子率いる「ホトトギス」で最先端の句風を発表し続けた水原秋桜子と山口誓子は、ある時期に「ホトトギス」を飛び出して新興俳句という潮流を形成する。それに呼応するように虚子一派の花鳥諷詠観と異なる句を読む新興俳人が陸続と現れ(「ちるさくら海あをければ海へちる 高屋窓秋」等)、同時に彼らは満州事変から太平洋戦争へ至る戦時体制の張りつめた空気を句に昇華しようと試みた。「そらを撃ち野砲砲身あとずさる」(三橋敏雄)や「街に突如少尉植物のごとく立つ」(渡辺白泉、「京大俳句」)等が発表される中、特に「京大俳句」は時局批判と取れる句群を掲載し続け、ついに特高警察に検挙される「京大俳句事件」が発生する(昭和十五年)。新興俳句運動は壊滅状態に陥ったが、その遺産は敗戦を経て高柳重信らや金子兜太等が批判的に継承し、前衛俳句や社会性俳句等への発展を促した……という風に、近代俳句を知る者はこれらの流れを容易に思い浮かべるだろう。しかし、本書のように当時の資料を大量に読みこみ、時代の息吹を肌で感じつつ俳句史を構築しようとした人士がどれほどいたかといえば、寥々たるものであった。

著者の川名氏は高名な新興俳句研究者であり、昭和初期~戦後前衛俳句等の資料の読みこみは氏を措いて右に出る者はいまい。稀少な俳誌や自筆稿本も数多く実見するのみならず、当事者とも実際に会い、談話やインタビュー等を通じて活字以外の貴重な逸話や情報等も知悉するなど、いわば現存最強の新興俳句フリークといえよう。

本書は大きく三部に分かれている。冒頭章の「昭和俳句表現史(戦前・戦中篇)」「戦後俳句の検証」は第一部に相当し、著者の昭和俳句史観が示される。新興俳句から戦後前衛俳句、社会性俳句、また一九七〇年代の飯田龍太・森澄雄に至るまでの名作群が示されており、我々読者にとって昭和俳句の多様さに改めて気付く契機となろう。第二部に相当する章は「知られざる新興俳句の女性俳人たち」「三橋鷹女の「年譜」の書き替え」「真砂女の海」「飯島晴子論」で、戦前の新興俳句から平成期に至る女性俳人達に注目し、歴史に埋もれた佳句や逸話等を発掘しつつ検証している。戦時体制下の「死の床に軍事郵便の封きられ 志波汀子」「午睡より醒めし男に草光る 坂井道子」等、従来顧みられることの少なかった句も多々紹介されており、新興俳句の内実を具体的に知るよすがとなろう。
「中田青馬は特高のスパイだったのか」「GHQの俳誌検閲と俳人への影響」は戦前の「京大俳句事件」と敗戦後の検閲に関する資料紹介で、特にプランゲ文庫の俳誌資料を元にGHQの微に入り細を穿った検閲実態を明らかにしており、氏の面目躍如たる章である。その手腕は本書第三部に当たる「新資料で読み解く新興俳句の興亡」で全開となり、新興俳句最高の資質を備えた富澤赤黄男(「蝶墜ちて大音響の結氷期」等の俳人)の句日記や句集『天の狼』刊行に関する貴重資料紹介、また俳誌「風」(「銃後と言ふ不思議な街を見た 白泉」等が発表された)や「朝」(「英霊を抱き夜明くる河の汚穢 窓秋」等が掲載)といった確認自体が困難な雑誌紹介に加え、夭折した磯邊幹介の未刊句集『春の樹』全文も示し、かつ旧司法省刑事局関係のマイクロ資料から新興俳句弾圧事件に関わる貴重な詳細資料(秋元不死男の手記など)すら紹介されている。

拙文冒頭に示した昭和俳句史をある程度知っていても、新興俳句がいかに弾圧されたのか、また時代の制約の中でどのような俳人達が新興俳句や前衛俳句等を信じたのか、彼らがいかなる雑誌や句集に作品を発表し、誰を意識し、何に脅えたかを当時の世相や俳句観の中で感知しうる人士は今や少ないはずだ。その点、本書は往事の作品や文章等からなる一次資料が数多く引用されており、かつての昭和俳句が夢見た残像に直に触れ、味わいたい読者に推薦したい研究書である。
この記事の中でご紹介した本
昭和俳句の検証/笠間書院
昭和俳句の検証
著 者:川名 大
出版社:笠間書院
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