ナチスの楽園―アメリカではなぜ元SS将校が大手を振って歩いているのか― 書評|エリック・リヒトブラウ(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月27日 / 新聞掲載日:2016年1月15日(第3123号)

ナチスの楽園―アメリカではなぜ元SS将校が大手を振って歩いているのか― 書評
読み応えのあるノンフィクション
現実を優先して過去を不問にしたアメリカ

ナチスの楽園―アメリカではなぜ元SS将校が大手を振って歩いているのか―
著 者:エリック・リヒトブラウ
出版社:新潮社
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アメリカでは1945年3月頃に陸軍省によってドイツの科学者に関する詳細なリストが作成されていた。優秀な科学者を自己の陣営に取り込むための資料であった。そこで発動されたのがペーパークリップ作戦(本書では紙クリップ作戦)で、計画の立案に当たったのはCIAの前身として知られる戦略事務局(OSS)である。

その結果、1500人を超えるドイツの科学者や技術者がアメリカにやって来ることになった。この作戦の開始は1945年8月であるが、その時に出されたトルーマン大統領の命令では、ナチス党の党員や積極的にナチスの活動に協力した人間は、この作戦からは除外することになっていた。しかしこの原則に拘泥するとソ連側に有為な人材を奪われるという現実があった。その結果、現実を優先して過去を不問にするという趨勢になった。

このようにして敗戦後のドイツからアメリカに移住した科学者の中での著名な存在は、アメリカ初の人工衛星であるエクスプロラー1号の打ち上げに関わるなど、アメリカの宇宙計画に大きな貢献をしたヴェルナー・フォン・ブラウン博士である。彼はナチス政権下でV2号ミサイルの製作を指揮し、ナチス党員で親衛隊少佐でもあった。

冷戦の激化に伴ってアメリカは対ソ戦略の拡充を迫られた。そこで起用されたのがドイツ陸軍参謀本部で対ソ連諜報を担当する東方外国軍課の長であったラインハルト・ゲーレンである。彼はその経験を生かしてCIAに協力し、後には西ドイツの情報機関である連邦情報局(BND)の初代長官に任じられたほどである。

この二人はよく知られた存在であるが、それ以外にドイツの敗戦を悟った多数の元ナチスが脱出の準備を整えていた。ナチスの犠牲者になりすます者もいたし、経歴を書き換えて難民に姿を変える者もいた。例えば親衛隊情報部の「ユダヤ人問題」室の有力メンバーだったオットー・フォン・ボルシェヴィングは、言葉巧みにヒトラー暗殺を試みた人物に変身した。そしてドイツ占領のアメリカ軍に情報提供者として自らを売り込んだのである。アメリカ情報機関は彼のような存在を庇護して重用した。

また模範的な市民として平穏な生活を営み、地域住民の尊敬を集めている者もあった。アメリカは彼らの過去に目を閉ざして、現実的な利益を追求したわけである。アメリカは彼らにとって魅力的な逃げ場だったのである。しかしナチス政権下で彼らの犯した残虐無比な行為が霧消したわけではなかった。

このような「ナチスの楽園」を憂慮した反対の声も上がったが、なかなか世論の支持を受けるには至らなかった。もう昔のことだから波風立てずに放置して置けというのが大勢であった。反ユダヤ感情も作用していた。しかしこれはナチスの被害者が到底納得の出来る状況ではない。彼らには正当な裁きを受けさせるべきだとする空気が徐々に醸成されてきたのである。事態を重く見た一人にニューヨーク州ブルックリン地区選出のエリザベス・ホルツマン下院議員がいた。

彼女の尽力で司法省の刑事局内に特別調査室が新設され、様々な妨害や障碍を乗り越えて、元ナチスを追い詰め、隠蔽されていたナチスの旧悪が暴露されていく。安心しきっていたナチスの楽園にハリケーンが襲ってきたのである。その結果、市民権剥奪に国外追放などの措置が取られるが、何分にも昔のことであるから目撃証人の見間違いということもある。一筋縄ではいかない相手であった。

アメリカ社会の裏面を抉った読み応えのあるノンフィクションである。(徳川家広訳)
この記事の中でご紹介した本
ナチスの楽園―アメリカではなぜ元SS将校が大手を振って歩いているのか―/新潮社
ナチスの楽園―アメリカではなぜ元SS将校が大手を振って歩いているのか―
著 者:エリック・リヒトブラウ
出版社:新潮社
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