まちの本屋 書評|田口 幹人(ポプラ社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月27日 / 新聞掲載日:2016年1月15日(第3123号)

シンプルなメッセージは強い説得力をもって響く

まちの本屋
著 者:田口 幹人
出版社:ポプラ社
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まちの本屋(田口 幹人)ポプラ社
まちの本屋
田口 幹人
ポプラ社
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本屋が自らの体験を著した本は昔から数多く出ており、書店によってはそれだけで棚の一列をほぼ占める。ラインアップも名著から怪作までバラエティに富み、「本屋が書いた本屋本」は、ひとつの小ジャンルとして確立されているといってよい。

そのなかで本書がもつ特徴を挙げると、まずは「著者が一社員でありながら経営者の視点を備えている」ということだろう。盛岡の書店での修業をへて実家の書店を継いだが奮闘およばず廃業、その後さわや書店に職を得て、現在は盛岡駅ビルにあるフェザン店の店長――という稀有な経歴が、この基盤になっている。経営者と勤め人で語れることが大きく違うのは当然だが、とくに「本屋本」は現場の話に偏る傾向がある。同じような複眼をもった本として『ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を』(菊地敬一著)を思いだしたが、もう二十年近く前の刊行となるうえに、当時のヴィレッジヴァンガードがすでに全国に支店を出す大手チェーンだったこともあり、本書と同系とはいえない。

全編をとおして、著者の視座は自在に移動する。レジで向き合った客とのやり取りを描いたかと思えば、自分の仕事をたびたび脅かしてきた郊外型スーパー、大型書店、ネット書店など大手資本系企業の存在意義に言及する。「売上げと利益をもたらす存在」である出版社と取次に熱意ある意見を投げたあとで、一冊の本を売り伸ばした自店の成功体験も披露する。書店は売ってナンボの商い、と現実を示しながら、儲けすぎてはいけない、と本屋の在り方の理想も語る。経営と現場の意思疎通、社員間のチームワークに関わる話もある。それらを述べたうえで最後に発する《僕たちの世代がまず、夢をもちたいと思います。あきらめてはいけない。》(あとがき)というシンプルなメッセージは、一書店員の言葉でありながら、強い説得力をもって響く。

意思伝達力の高さも際立つ。語られている一つひとつ、たとえば「本屋は文化発信基地ではない」「地域に寄り添う存在である」「身の丈でやるものだ」などは、いずれも「本屋本」ジャンルにおいて新説ではない。ところが読み進むうちに、これらの言葉がしみじみと腑に落ちてゆくのだ。後半に現れる「本屋の六次産業化」というフレーズも同じで、頁を繰るうちに真意を飲みこめる展開となっている。これを「説法が上手い」の一言で片づけるのは不適当だ。先達や周囲の人々の言葉と営為を素直に吸収し、じゅうぶん咀嚼し、自分の血肉としてきたからこそ可能なことなのだと思う。なお、『街を変える小さな店』(堀部篤史著)、『那覇の市場で古本屋』(宇田智子著)など、近年の「本屋本」は地域をキーワードとした作品に優れたものが多い。

最後に挙げる特徴は、直接的には同業の本屋や出版業界関係者に向けた言葉が多いのに、それらに従事しない読者=僕たちにも、日々感じる行き詰まりや限界を乗り越える知恵と勇気を与える本である、ということだ。読後、冒頭の七頁にわたる店の販売風景に戻ると、写真の一枚一枚が大きな意味をもっていることに気づく。本屋とは、なんと魅力的で意義のある存在か――そのことをあらためて痛感するのだ。いまの時代における本屋の役割はなにか、どんな言葉で伝えたらよいのかを、著者は七転八倒して考え抜いたのだと思う。

もっとも、本屋をめぐる状況はいまも日々動いているし、著者がこだわり続ける東北の復興も、いまだ過程にある。著者はこれから、本屋としてどう動くのだろう? いつか著すことになる次作で、なにを語るだろう?
この記事の中でご紹介した本
まちの本屋/ポプラ社
まちの本屋
著 者:田口 幹人
出版社:ポプラ社
以下のオンライン書店でご購入できます
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