《原爆の図》 全国巡回 ―占領下、100万人が観た! 書評|岡村 幸宣(新宿書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年6月27日 / 新聞掲載日:2016年1月15日(第3123号)

《原爆の図》 全国巡回 ―占領下、100万人が観た! 書評
全国170カ所の巡回記録展
《原爆の図》が動かしたものは何か

《原爆の図》 全国巡回 ―占領下、100万人が観た!
著 者:岡村 幸宣
出版社:新宿書房
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ともすれば反核反戦運動の象徴のように扱われる、丸木位里・俊夫妻の連作絵画《原爆の図》。本作は一九五〇年から約四年間にわたって全国一七〇カ所に巡回展を行い、約一七〇万もの集客をした。この事実は比較的知られているが、その内訳は詳らかではなかった。原爆の図丸木美術館の学芸員、岡村幸宣は綿密な調査により、その軌跡の詳細を本書で初めてほぼ明らかにした。まさに労作と言える。

《原爆の図》はユニークな性格を持つ。まずある政治的な主張、運動を企図して制作されたものではない。広島出身の丸木位里が原爆の悲惨の意味を見極めたい、世に伝えたいという純粋かつシンプルな動機から生まれた。

一九五〇年代はとりわけ政治的な主張を持った美術作品が生まれた。その代表例をルポルタージュ絵画と呼ぶが、これは日本共産党の文化工作隊の活動の一環(および影響を受けた創作)だった。《原爆の図》は、制作の契機においてこれらとは一線を画す。受容と鑑賞の文脈も同じく異なる。そうした事情から政治の意味も含んだ前衛美術とは美術史上で同種に扱われず、美術的評価も不十分な向きがある。

戦後の前衛美術の調査と検証は近年研究がかなり進んでいるが、それは政治性を具える美術表現の広大な広がりの一角でしかない。岡村が明らかにした詳細な足跡は、戦後美術史をより芳醇かつ正確なものにする意味で貴重だ。

本書は《原爆の図》を支えた裾野が類例のない広いものだったことを伝える。全国への巡回の展示は、基本的に各地の有志の主催による招聘、受け入れで実施されたが、それは労働組合、教育委員会、大学、大学生自治会、新聞社、市民団体など、多岐にわたる。

原爆の被害については、GHQのプレスコードがあり、一九五二年の占領終結まで報道規制の対象だった。《原爆の図》は美術作品であるがゆえに取り締まりをかいくぐることができた。それでも当局の監視下にあり、不自由さも多かった。支援する側も、政治運動の代替として美術展という穏当な手段を選択した側面もあり、あるものはこれを一揆と形容した。

函館の百貨店を展覧会場にしたさい、直前に関係者が逮捕された。ところが、「われわれ商人から見ますと、これで儲かるのです」と主催側が喜んで作家に語ったという。実際、展覧会は大盛況だった。「この絵を観たら、たった一つの楽しみだった一杯の焼酎がのめなくなった」と語る労働者がいた。「もうこの絵はあなた方二人のものではなくなりました」そう綴る手紙も届いた。

言論規制という不自由さはあったが、砂に染みこむ水のように本作を受容し、感動し、衝撃を受け、ときに金勘定をする逞しい人々の姿があった。いまはこのようなパワーを美術は社会的に持ち得ない。現政権下で再び言論表現は強い統制を受け始めている。当時の人々のように私たちは自由に振る舞えるだろうか。

岡村は全国巡回がもうひとつの再制作絵画によっても担われたことを本書で明らかにした。近代的個性の発露とされる美術作品は、創造という奇跡の瞬間を保証する唯一性に大きな価値を置く。だが拝むように鑑賞する人々など、近代絵画の性格と異なる受容の様子が本書から窺える。それこそが本作の希有な価値であり、現在の美術のありようを再考する上でも有益な示唆を与えてくれる。
この記事の中でご紹介した本
《原爆の図》 全国巡回 ―占領下、100万人が観た!/新宿書房
《原爆の図》 全国巡回 ―占領下、100万人が観た!
著 者:岡村 幸宣
出版社:新宿書房
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