エピローグ 書評|円城 塔(早川書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年6月28日 / 新聞掲載日:2016年1月22日(第3124号)

エピローグ 書評
暴走する二部作―新たなる創世紀と新たなる古事記による企み

エピローグ
著 者:円城 塔
出版社:早川書房
評者:()
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エピローグ(円城 塔)早川書房
エピローグ
円城 塔
早川書房
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円城塔の『エピローグ』(早川書房、九月二十五日刊)と『プロローグ』(文藝春秋、十一月二十五日刊)は文学史上おびただしく書き紡がれてきた二部作(diptych)という概念への挑戦である。ゲーテの『ウィルヘルム・マイスター』二部作からジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』二部作に至るまで、三部作になれば商業的シリーズへの第一歩になりかねないところを思いとどまるこの禁欲的形式は、決して珍しくない。ただし円城は、ふつう小説の結末に付されるであろう「エピローグ」を表題に掲げた小説のほうを先に刊行し、小説の序章に位置するはずの「プロローグ」を表題に据えた小説のほうを後に刊行するというギミックを演じてみせた。じっさい前者は早川書房の月刊誌『SFマガジン』二〇一四年四月号から二〇一五年六月号まで、後者はそれに遅れて文藝春秋の月刊誌『文学界』二〇一四年五月号から二〇一五年五月号まで連載されていた。双方はすでに作家や読者、文学作品すら電脳的に再定義されている世界観ばかりか、榎室春乃や朝戸、椋人(クラビト)、英多(アガタ)というキャラクターまで共有しつつ、二部作系物語学という概念の根本へゆさぶりをかける。前者の終末論的なオビ「僕たちはあらゆるものを失うことができる」と後者の創成神話的なオビ「わたしは次第に存在していく」が相互循環的な論理を切り結ぶゆえんだ。作家自身もそうした仕掛けに充分自覚的である。

「文學界に載っていたはずの連載が、他の文芸誌で続いていたりする。いやある地点で分岐した連載が併行的に載っていたりする。たとえば SFマガジンあたりに。文學界が動物界に植物界に鉱物界に天上界になったりしている。さらに恐るべきことには、誰もそれに気づかないことさえ起こる。編集している者たちも、書き手でさえも」(『プロローグ』第七章、166頁)。

だとすれば、この二部作はどちらから読み始めてもかまわないことになるのだが、とりあえずは発表順に紹介してみよう。

× × × 『エピローグ』の舞台は、今日のわれわれが日常空間と思っている「現実宇宙」へ人間よりも人間らしい超人工知能OTC(オーバー・チューリング・クリーチャ)が侵攻し再構築し始めたため、旧来の人類が現実宇宙のデータをもとに仮想空間「物理宇宙」へ退避してからもう相当な歳月を経た未来。OTCをOTCたらしめ、生物としても機械としても情報としても通用させてしまう秘密はその構成物質スマート・マテリアルにひそむ。これは有機と無機といった区分を超越し「奇跡の力」「宇宙さえ引き裂く力」「物質化したストーリーラインそのもの」。かくして、特化採掘大隊の朝戸連と支援ロボット・アラクネは現実宇宙へ赴き、スマート・マテリアルを持ち帰り、物理宇宙を奪回しようと目論む。いっぽう、ふたつのまったく異なる宇宙において連続殺人事件が起こり、二百五十万人におよぶ死者の正体がじつは榎室南緒というたったひとりの女性であるのが判明する(筒井康隆最後の長篇と銘打たれた『モナドの領域』との比較併読をお勧めしたい)。彼女の姿形がさまざまなのは、その祖母・榎室春乃が開発したインターフェース技術による。春乃は個人のみならずストーリーラインの履歴を書き換えることもできる卓越した基幹技術者で、人類がその滅亡を控えて自らの記録を残すために編み出したイザナミ・システムの設計責任者である。これはひとつの命名管理システム、物語の登場人物たちを自動的に生成、管理運営して行く支援システムであり、自己修復機能と自己防衛本能を備えていた。すなわちこの世界では現実宇宙と物理宇宙に加え、強力な物語学システムの支配する情報宇宙が分ちがたく絡み合っている。ゆえにここでは、今日わたしたちが作家とか小説家と呼ぶ存在はソフトウェア技術者に等しい(このラディカルな再定義には『プロローグ』第八章で言及されるケネス・ゴールドスミスの『非創作的創作』Uncreative Writing[コロンビア大学出版局、二〇一一年、未訳]のヴィジョンが深く影を落としているだろう)。人類が物理宇宙へ退散した「退転」以後においては、小説はこうした技術者がメンテナとしてたえずヴァージョンを更新していくべき文化なのだが、そこではまさにこうしたヴァージョン変更が理由で作家自身の殺害さえ起こるばかりか、そもそも犯人がもうひとりの作家自身を偽装する情報論的分身であるという事態すら可能となる。ここで展開されているのは、近代小説の編み出した「信頼し得ない語り手」が、じつはひとりどころか無数に分裂し錯綜した世界だ。イザナミの語源である古事記の創成神話は本書では終末論的物語学のうちに再構築される。
プロローグ(円城 塔)文藝春秋
プロローグ
円城 塔
文藝春秋
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× × × このような世界観が『プロローグ』にも通底する――いや、そもそも本書の物語こそは『エピローグ』の遠因かもしれない。何しろ書き出しからして「名前はまだない」のみ。漱石のパロディかと思いきや「自分を記述している言語もまだわからない」「名前は『まだない』のかもしれない」「あるいは『名前はまだない』自体が名前なのかもしれない」といった円城流思弁が畳みかけてくる。漱石も高橋源一郎も唖然とするだろう。しかもここでは、ふつう一人称単数であるはずの「わたし」さえ常識的には機能しない。なにしろ、語り手こそが一人称の「わたし」だろうと思い込んで読み進むや、まもなくこんなセンテンスが出現するのだ。「丁度傍らを通りかかったわたしへ向けてこんにちはと声をかけると、こんにちはと返事が戻った」(第一章、5頁)。

やがて両者は話し合い、九世紀の氏族名鑑『新撰姓氏録』からそれぞれの名前を決めて行く。「わたし」のほうは雀部曽次(ささべ・そうじ)、語り手のほうは榎室春乃(えむろ・はるの)。この瞬間、複数の「わたし」が誕生する。「このわたし、榎室春乃を書いてきたのは雀部の方だが、雀部や榎室の名を決めたのはわたしの方だ。わたしにはまだ、自分を記述する言語の見当さえついていないが、それでも今や自分のことを、著者を命名したはじめての小説なのではないかと自負している」(同26頁)。

『エピローグ』ではイザナミ・システムの設計責任者として紹介される人物と『プロローグ』の語り手としての「わたし」の固有名が一致することは見逃せない。榎室春乃は自身を「小説」と定義しているのだから、ふつうであればテクストと呼べる。にもかかわらず、『エピローグ』における榎室春乃が物理的か生物的か情報的かと問われ、そのどれでもない可能性を孕んでいることを示唆しているとなれば、プログラムでもありソフトウェアそのものでもあったと再定義することができる。しかも当初、雀部のミスで十万人分の名前がランダムに生成されてぶちこまれたとなれば、そもそも命名管理システムから始まったイザナミ・システムを連想させる。だが、それを整理した雀部は物語の登場人物の請願を受け入れ、下記の十三氏族を設定して保護下に置くと宣言するのだ――「すなわち、榎室、朝戸、椋人、息長、英多、星川、羽束、佐代、城原、鳥見、笛吹、蜂田、雀部がそれである」(第二章、47頁)。 

かくしてこれら十三氏族が赴く場所として、旧約聖書の創世記にいうイスラエルの一二氏族がめざした乳と蜜の流れる約束の地カナンの連想から「河南」)という土地が亜寒帯に属する島として創造される。この表記がやがて「川南」とのあいだの闘争を導くのも面白い。だが、何しろプログラムが語ることによって作者名も登場人物もあとから決まって行くという因果転倒が本書の身上であるだけに、ここでいう新たなる約束の地に最もふさわしいイメージは、こうした登場人物たちに入植されてしまった機械、あるいは寄生虫にたかられた生き物にもたとえるべき「わたし」という名のプログラムであろう。それはやがて本書が、生き生きとした登場人物ならぬ生きた登場人物たる自分たちが「生きた人間」をここへ迎え入れるためのプロローグであるばかりか、このプログラムが共同ペンネーム「円城塔」を決定するに至るプロローグでもあることを明かす。

このようにして、カナンの地はやがて、人類が現実宇宙の高解像度化により退転せねばならなくなった物理宇宙のイメージに重なっていく。民族離散と因縁の深いカナンの地を求める新たな創世記が『プロローグ』だとするなら、そのカナンの地がいつしか人類全体の避難場所と化し、現実宇宙との新たな戦闘が行なわれる過程で書き直される新たな古事記が『エピローグ』である。現時点において、いったいなぜそんな事態になったのかを描く、この両者のあいだに――お好みなら純文学とSFのあいだ、私小説とハードSFのあいだに――横たわるべきナラティヴ本体が壮大な空白として欠落していたとしても、おそらくそれは本質的な問題ではない。この二部作は近代小説の物語学的枠組みが必然的に内在させる始まりと終わりの時間構造を、転じては二部作の因果律そのものを問い直すばかりか、いつしかそれらを暴走させることを企んでいるのだから。
この記事の中でご紹介した本
エピローグ/早川書房
エピローグ
著 者:円城 塔
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
プロローグ/文藝春秋
プロローグ
著 者:円城 塔
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
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