此処にいる空海 書評|岳 真也(牧野出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月1日 / 新聞掲載日:2016年1月22日(第3124号)

此処にいる空海 書評
現代における空海の意味 
これまで書かれた空海観の最新情報と言える

此処にいる空海
著 者:岳 真也
出版社:牧野出版
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此処にいる空海(岳 真也)牧野出版
此処にいる空海
岳 真也
牧野出版
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いささか乱暴な言い方になるが、『此処にいる空海』は、弘法大師空海をめぐる岳真也の遍歴物語ではないだろうか。空海の弟子たちによる『御遺告(ごゆいごう)』、空海の自著『三教指帰』などの古典籍から、最新の研究書や時代小説まで、巻末に挙げられた七十冊に余る参考文献の、おそらくは三倍以上の空海論(?)が下敷きにある。従ってこの本は、これまで書かれた空海観の最新情報と言ってよい。しかしそれだけでは只の関連書紹介で、岳真也の作品とは言い難い。氏は行動する作家である。全国に広がる空海ゆかりの地に旅して、文献だけでは分からない空海を、とりわけ旅の体験を通して、現代における空海の意味を探ろうとする。何故いま空海なのか、と自問自答を重ねながら。

長引く景気の低迷は、日本ばかりではなく、地球全体を覆い尽くそうとしている。大規模な自然災害、地球温暖化と大気汚染、無差別空爆と自爆テロ。世界秩序崩壊の危機感が現実のものとなり、オカルトや怪かし、もののけの世界に嵌まる世相を横目に、岳真也は古今の文献を参照しながら、空海の足跡を辿って、高尾山、神護寺、教王護国寺、高野山金剛峯寺、四国霊場と遍路を重ねる。そして空海が入唐した洛陽から西安、白馬寺、龍門石窟に旅して、空海が見た物を見(むろん幻視に過ぎないが)、空海が感じたことを感じ、空海の思惟の跡を体感しようとする。こう言えば随分堅苦しい本と思われそうだが、これは『大法輪』という雑誌に二年二ヶ月にわたって連載されたエッセイで、本書の入り口で、司馬遼太郎『空海の風景』、三田誠広『空海』、ひろさちや『空海入門』を参照しながら、空海のプロフィールを紹介しているので、親しみやすい入門書にもなっている。かつてインド放浪をしたことのある岳さんが、旅先での出会いを楽しんでいることが、ある種の幸福感として伝わってくる。それは自分自身への旅であったのかもしれない。しかし参考文献を調べ、取材旅行を重ねて、空海を知れば知るほど、空海の持つスケールに圧倒されてゆく。大学寮を中退した謎の十年間に、空海は何をしていたのか。入唐した空海が、恵果和尚から唯受一人の潅頂を受けたのは奇跡的な事件ではないか。日本初の私立学校綜芸種智院の設立、満濃池の開鑿という大土木事業。神秘性と天才。空海と比定され得る大天才として、レオナルド・ダ・ヴィンチや、アインシュタインとの共通点を考察してゆく。

四国八十八カ所の旅は、郷里に戻った旧友たちとの邂逅でもあった。その一人と場末の酒場で飲みながら、死者について語る会話が印象に残る。老人ボケは死の準備。恐怖を忘れ楽土への旅を願う。「岳よ、おまんは空海の生まれ変わりかよ」「何を…恐れ多いことを」「いやいや、岳に限らん、みんながお大師さんの生まれ変わりなら、この世はもっと良うなる…だーれも、みんな、空海のDNAをもったミニ空海になればいいんじゃ」岳真也の旅はなおも続く。
この記事の中でご紹介した本
此処にいる空海/牧野出版
此処にいる空海
著 者:岳 真也
出版社:牧野出版
以下のオンライン書店でご購入できます
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