人間という仕事 フッサール、ブロック、オーウェルの抵抗のモラル 書評|ホルヘ・センプルン(未来社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月1日 / 新聞掲載日:2016年1月29日(第3125号)

「知性」の濃密な言葉 
半世紀以上前の知的抵抗をいかに描き出す

人間という仕事 フッサール、ブロック、オーウェルの抵抗のモラル
著 者:ホルヘ・センプルン
出版社:未来社
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2015年9月、安保関連法案が可決され成立した。この件に関して、多くの学者のなかに「抵抗のモラル」がこみ上げたことは、全国150を超える大学でこの法案に反対する会の類いが立ち上がったことに表れていよう。モラルとは、ここで、抵抗するか否かがもはや気ままな選択に委ねられず、無抵抗は自らの良心に反し、抵抗が内発的な義務として感じられるような心情のことだ。本書『人間という仕事:フッサール、ブロック、オーウェルと抵抗のモラル』への書評を、偉大な理性主義者カントを意識しつつ、今、こう書き出さざるをえない――このことにはもちろん訳がある。

フッサール、ブロック、オーウェルといえば、各々、現象学を創始したドイツの哲学者、アナール学派を創始したフランスの歴史家、『1984』を代表作とするイギリスの作家として、普通、説明される。だが、本書にその種の人物記述は登場しない。むしろ、国と分野を異にする三者が、ナチズムが台頭する1930年代という危機の時代を共に生きていたこと、「民主的理性」というヨーロッパ的な精神への信念を一筋の共通の糸として、違った仕方で、けれどもあくまで「知性」によって抵抗したそのありかたが問題なのだ。

本書は2003年の3月に行われた講演に由来するが、著者センプルンが半世紀以上前の知的抵抗をいかに描き出しているのか、を言うことは簡単でない。歴史的とも主観的とも文学的とも言える、巧みかつ大胆なスタイルだからだ。例えば、歴史的出来事を積み重ねる途上、ヨーロッパ本来の理性的生の奪還を力強く語ったフッサールのウィーン講演のことを彼が知ったのはブーヘンヴァルトの強制収容所の簡易便所の中だった、と記される件。便所でこの講演について教えてくれた友人を、本名ではなく「ルブラン」なる偽名によって呼び出すこと――。彼のスタイルについては、翻訳も存在する他の著作も含めて(『なんと美しい日曜日』、『ブーヘンヴァルトの日曜日』)検討する必要があろうが、本書で何より重要なのは、三人の主要人物(および関連して言及される数多くの著者たち)とともに、21世紀の今、その聞き手が、抵抗のモラルに向けて冷静に、だがどこか熱っぽく呼びかけられるその仕方だ。

特徴的なのは、30年代から40年代にかけての出来事の日付けが執拗にマークされると同時に、講演が行われている21世紀のその日付けが強調されることだ。日付けという周期的リズム。これが線的な時間表象のなかでの出来事の過去化を妨げ、煎じ詰めれば実に簡素な抵抗のメッセージ――理性、精神、民主主義――をむしろ現在に再出現させ、投げ渡す。こうして聞き手が歴史のなかのアクターとして呼び止められる――自分で読むことでこの経験をすることが肝心なのだから、簡潔な内容要約のような野暮は避けておこう。

ヨーロッパ的理性の名の下で人間は野蛮に陥ったといった台詞は、今では正しすぎるほどだが、それでも現在の日本の人々が(國分功一郎氏曰く)「飢えている」のが民主主義であり、(30年代に日本で「理性の権利」を語った三木清にならって言えば)野蛮に抗する言葉(ロゴス)であり、それに裏打ちされた心情(パトス)であることも明白であり、理性の挑戦は終わっていないばかりか再開を待っている。

「民主的理性」とは何かを直接的に語りはせず、むしろ、その意味を可能性として読み手に引き取らせるこの本を、昨年の11月に私が読んでいたのは、フッサールのウィーン講演をプラハで再現しようと試みた人物として本書で挙げられるヤン・パトチカが眠る墓の近くだった。本文の後、訳者の小林康夫氏が「「人間」という「仕事(メチエ)」には、終わりはないのだ」と本書のタイトルを語り直すのを読みながら、私はフッサールがこんなことを述べていたのを思い出した。現象学的に新たに世界を見た後では、かつての素朴な生活へと戻ることはできない、唯一、元の生活世界へ立ち返る可能性は、この世界を探求する仕事を引き受けることにしかない、と。フッサールはドイツ語のBerufが仕事だけでなく「使命」を意味することに注意を促しもした。人間を理性の仕事へと、それも抵抗のモラルというかたちで繋ぎとめる、そのような言葉は、しかし、哲学的であると同時に、現実的・歴史的であり、文学的な喚起力もなくてはならないだろう。哲学者として、歴史家として、作家としてその使命を引き受けた三人に併走する本書のなかには、そういう「知性」の濃密な言葉が鳴り響いている。(小林康夫+大池惣太郎訳)
この記事の中でご紹介した本
人間という仕事  フッサール、ブロック、オーウェルの抵抗のモラル/未来社
人間という仕事 フッサール、ブロック、オーウェルの抵抗のモラル
著 者:ホルヘ・センプルン
出版社:未来社
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