アウシュヴィッツの手紙 書評|内藤 陽介(えにし書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月1日 / 新聞掲載日:2016年1月29日(第3125号)

都市の歴史を俯瞰する 
郵便学の手法でアプローチする独創的研究

アウシュヴィッツの手紙
著 者:内藤 陽介
出版社:えにし書房
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「アウシュヴィッツ」と聞けば、ユダヤ人大虐殺(ホロコースト)が敢行された第二次世界大戦中ドイツ国家最大の収容所があったところとしてのみ思い起こされることが圧倒的に多いであろう。それはまた、負の世界遺産としてもっぱら記憶されねばならないとされる、この異常な「人口地獄」の歴史が、独裁者ヒトラーの右腕としばしば称されたナチ親衛隊(SS)全国指導者兼ドイツ警察長官ヒムラーの命令による、収容所発足の一九四〇年四月二七日を起点にし、東から進撃してきたソ連軍による収容所解放の一九四五年一月二七日をもって終わる、五年間に満たない時間幅でしか、まず語られないからでもある。ドイツ語でアウシュヴィッツ、ナチの支配から解放され土地固有の名を取り戻したともいいうるポーランド語ではオシフィエンチムと呼ばれるこの都市が、一九三九年九月ナチ・ドイツ軍の対ポーランド侵攻による第二次大戦勃発よりも遥か以前から存在し、「ノーマルな」都市としての長い歴史を有した点はこれまで意想外に見落とされてきたといわざるをえない。

かかる「死角」を衝くという視点から、アウシュヴィッツ“以前"(第Ⅰ部)、また“ポスト"アウシュヴィッツ期から現在にいたるまでのポーランド(第Ⅱ部)のこの都市の歴史を俯瞰するという点にまず本書の特徴がある。欧文ならば、類書として、ロバート・ヤン=ファン=ペルト/デボラ・ドワークの共著Ausch―witz1275toPresent(NewYork/London1996)があげられるが、この共著のほうは、副題とは裏腹に、第二次世界大戦後のアウシュヴィッツ問題については実質言及していないから、内藤氏の今回の労作のほうがより包括的であり、しかもアウシュヴィッツ/オシフィエンチムの歴史について、本書のごとく切手や手紙はじめ逓送物を歴史的資料として駆使する郵便学(フィラテリー)の手法でもってアプローチした研究は稀有といえよう。

第Ⅰ部では、十三世紀のモンゴル軍来襲によるシロンスク(シュレージエン)全域の破壊蹂躙を経て十四~十七世紀におけるオシフィエンチム公国の消長過程が人物切手や絵葉書を使って多彩に概観され、十八世紀末のポーランド国家消滅後、第一次大戦までこの都市がハプスブルク支配下にあったことが、オーストリア切手を貼りオシフィエンチムの消印を押した郵便物を示すことによって確認され、郵便物の逓送ルートを綿密に辿ることで、この都市が郵便物を含む物流の一拠点だったことも推定されている。

第Ⅱ部(強制収容所)でも、この郵便学的方法が遺憾なく用いられている。評者も拙著『ホロコースト』で、アウシュヴィッツ収容所開設最初の収容者が、ユダヤ人ではなく、対独抵抗運動を行いタルヌフ刑務所から移送されてきた七二八名のポーランド人学生や兵士だった事実に注意を促しているが、本書では、アウシュヴィッツ解放30年記念のポーランド切手の白黒写真を掲げ、キャプションで囚人服の縦縞と政治犯を意味する赤い逆三角形の囚人服の標章を組み合わせた図案になっていることにさりげなく注意を促している。

第Ⅲ部では、本書の題名になった「アウシュヴィッツの手紙」が種々詳しく紹介されているが、発送された郵便物のKon(zentra―tions)―Lager強制収容所という銘は、アウシュヴィッツ収容所が、絶滅収容所ビルケナウを内蔵する基幹収容所だった事実をまさに偽装するものだったことをも示唆する。十五の基幹収容所の内、言及されている重要な他の収容所ブーヘンヴァルト(正)にブーヒェンヴァルトという誤表記が混じっている点、ラーフェンスブリュック(誤)↓ラーヴェンスブリュック(正)、またアイケというナチ収容所史に欠くことのできぬ人物の経歴理解(レーム殺害時までSAにいたという解釈)等、気になったが、独創的研究としての本書の価値を損なうものでは全くない。
この記事の中でご紹介した本
アウシュヴィッツの手紙/えにし書房
アウシュヴィッツの手紙
著 者:内藤 陽介
出版社:えにし書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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