真田信幸 天下を飾る者 書評|岳 真也(作品社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年7月2日 / 新聞掲載日:2016年1月29日(第3125号)

真田信幸 天下を飾る者 書評
信幸を中心に真田一族の動向を余すところなく描く

真田信幸 天下を飾る者
著 者:岳 真也
出版社:作品社
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真田氏は、戦国時代に急浮上してきた北信濃の豪族で、知謀の一族として知られる。真田幸隆・昌幸・信幸と続く真田三代は有名で、信幸の弟信繁(幸村)も広く知られている。

本書は、信幸を中心に、戦国末期から近世初頭にかけて活躍した父昌幸と弟信繁ら真田一族の動向を、余すところなく描いた歴史小説である。本年度のNHK大河ドラマ「真田丸」を視る上で、大いに参考となろう。

さて、本書には、真田一族をじっと見続け、信幸と文を交わすことによって深く結ばれた女性として小野お通が登場し、興味深い。小野お通は、戦国史の中に時折顔を見せる謎の女性である。「浄瑠璃物語(十二段草子)」の作者ともいわれ、たぐい稀なる才女であったとされる。しかし、出自や事績に関していくつかの伝承はあるものの、生没年も判らない。吉川英治は『宮本武蔵』の中で、小野お通を武蔵の恋人として配した。

本書は、信長の庇護のもとで育ち、九条稙道ら一流の文化人たちの薫陶を受けて、歌にも書にも絵にも長けた、都では知らぬ人のない女性であったとする。
信幸は、縁あって小野お通を知り文を交わすようになるが、心の友としての関係は、生涯変わることがなかった…。

さて、真田一族は、甲斐の武田氏に従って戦国の世を生き延びてきた。だが天正十年(一五八二)、武田家が滅亡したことにより右顧左眄を余儀なくされることになる。結局、織田信長に従うことに決めた。今川義元を倒して急浮上した信長は、今や日の出の勢いだ。しかし武田家滅亡からわずか三カ月後、信長は横死する。殺したのは明智光秀だ。だが、その光秀もまた、半月を経ずして殺されてしまった。乱世に逆戻りし、次なる覇者が誰になるのか、なかなか見極め難い。

越後の上杉氏、小田原で睨みをきかせる関東の覇者北条氏、光秀を討った秀吉の動向、そして家康も気になる存在だ。

弱小土豪である真田一族は、そうした梟雄間を縫って生き延びなければならない。最後の勝利者として天下に号令するのは誰か。昌幸・信幸は、情報を収集し分析する。まちがうと命取りになりかねない。こうして信幸は辛酸をなめながら、戦国を生き抜いていく。

天正十年から三年間、真田家は家康に属して上田城を築き、北の上杉、南の北条と戦っていく。同時に信州小県郡の統一や、沼田や吾妻など西上野における勢力も拡大していった。だが、沼田城の帰属をめぐって、真田は徳川と真向から対決することになる。

かくて大正十三年八月、徳川の大軍が上田城を攻めた。しかし、圧倒的な勢力を誇りながら徳川勢は、小勢の真田に翻弄されて惨敗するのである。

やがて秀吉が天下人に昇りつめ、さらに大陸への野望を顕わにしていたが、慶長三年(一五九八)八月に没した。かくて慶長五年九月、天下分け目の関ヶ原の戦いとなった。真田父子は、苦慮の末、父の昌幸と次男の信繁が西軍石田三成方に、長男信幸が東軍徳川方に属した。その結果、敗れた昌幸と信繁は高野山麓の九度山村に配流され、十四年の時を過ごす。その間に昌幸は死に、信繁もすでに老境に入ろうとしていた。

しかし、大坂の陣が起こった。信繁は、冬の陣では真田丸を築いて大活躍をし、夏の陣で華々しく討死にした。しかし信幸は、徳川幕府の大名として生き続ける…。
この記事の中でご紹介した本
真田信幸    天下を飾る者/作品社
真田信幸 天下を飾る者
著 者:岳 真也
出版社:作品社
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