不明解日本語辞典 書評|髙橋 秀実(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年7月2日 / 新聞掲載日:2016年1月29日(第3125号)

ことばに対する真摯な向き合い方を提示する

不明解日本語辞典
著 者:髙橋 秀実
出版社:新潮社
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ことばとは、むずかしいものである。人々は、ある瞬間に、そのときに表現したい思いを載せて、ことばを発する。だから、究極的には、ことばはその場限りの意味しか持たない。具体的に言えば、あるときに発せられる「愛している」に込められた思いと、別のときに発せられる「愛している」に託される思いとは、細かく追究すれば、けっして完璧に同じものにはならない、ということだ。たとえそれが、同じ人物によって同じ相手に発せられるものであっても。

そうは言っても、あることばが常に共通して表している意味というものも、やはり存在している。それがないことには、コミュニケーションは成立しない。辞書とは、そういう「意味」を明らかにしようとするものだ。ただ、その「意味」の持つ力は、実際にそのことばが使われる瞬間に込められる思いの持つエネルギーに比べれば、悲しいほどに弱い。

たとえば、だれかが「鳥肌が立つほど感動した」と言うとき、その人の「めちゃくちゃ感動している!」という思いが伝わらないことは、まずないだろう。それがわかっていなければ、「鳥肌が立つ」とは「ぞっとする」という意味なんだよ、という苦言を呈することすらできないのだから。つまり、ことばというものは、辞書的な「意味」を超えて、思いを伝える。いわゆる「ことばの誤用」とは、辞書的な「意味」が、現実にことばを用いる人々の思いに敗北を喫しているありさまを言うのである。

と書いてくれば、辞書を作る人間の「誤用」に対する複雑な気持ちを、感じていただけるのではないだろうか。神永曉『悩ましい国語辞典 辞書編集者だけが知っていることばの深層』(時事通信社)のいう「悩ましさ」も、そんなところにある。

著者は、日本最大の国語辞典、『日本国語大辞典』(小学館)を三十六年にわたって担当してきた、筋金入りの辞書編集者。その経験を存分に生かして、約二〇〇ものことばに関する疑問を、次から次へと取り上げていく。いわく、「スコップ」と「シャベル」はどう違うか? いわく、「ざっくり」の新しい用法とは? 「断トツの最下位」はおかしくないかとか、「二の舞を踏む」は本当にいけないのかなどなど、内容は多彩だ。

そうして、著者は、それぞれを辞書でどう扱えばいいのかを考える。いずれ国語辞典に載せていくべき「誤用」もあれば、そもそも「誤用」とは言えないものもある。しかたなく取り上げるが「俗用」だと断るべきだと判断しているものもあるし、現実に抗して「誤用」だとはっきり示すべきだと主張しているものもある。

辞書編集者のそんな「悩ましい」気持ちを生で味わえるのが、本書の最大の魅力だろう。人間には、負けるとわかっていても戦わなくてはならないときが、あるのだ。
不明解日本語辞典(髙橋 秀実)新潮社
不明解日本語辞典
髙橋 秀実
新潮社
  • オンライン書店で買う
辞書の説く「意味」は、現実にことばを使う人々の思いには遠く及ばない。そのことを、究極の形で示しているのが、髙橋秀実『不明解日本語辞典』(新潮社)だ。

本書は、ノンフィクション作家による日本語をテーマとしたエッセイ集である。著者は、「いま」「っていうか」「リスク」「秘密」「すみません」「私」などなど三十二のことばについて、辞書を引き、言語学や音韻学の専門書を調べ、さらにはビジネス書から健康本まで、驚くほど広範囲の文献を渉猟しながら、とことん考えていく。

その根底にあるのは、自分はそのことばをどういう思いで使っているか、ということだ。それは、「辞書」とは正反対の進み方だが、著者の全人格を没入させるようなその筆からは、数々の印象深い洞察が生まれる。「なに」は議論をご破算にする破壊力を秘めている、とか。「論理的」とは何かを「やらない」言い訳のようなものだ、とか。「こころ」とは社会生活に必要な身ぶりなのだろう、とか。

これもまた、ことばに対する真摯な向き合い方の一つであるのは、間違いない。
この記事の中でご紹介した本
不明解日本語辞典/新潮社
不明解日本語辞典
著 者:髙橋 秀実
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
さらに悩ましい国語辞典/時事通信社
さらに悩ましい国語辞典
著 者:神永 曉
出版社:時事通信社
以下のオンライン書店でご購入できます
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