土田知則×巽孝之トークイベント(東京堂書店)載録 ポール・ド・マン事件とは何だったのか!? 『ポール・ド・マンの戦争』(彩流社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年6月22日 / 新聞掲載日:2018年6月22日(第3244号)

土田知則×巽孝之トークイベント(東京堂書店)載録
ポール・ド・マン事件とは何だったのか!?
『ポール・ド・マンの戦争』(彩流社)刊行を機に

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第3回
「コラボ」作家たちとは異なる立場


土田 
 「現代文学におけるユダヤ人」の論述のなかには、ド・マンがフランス系ユダヤ人作家に批判的な眼差しを向けた一節があります。これは否めません。しかし、そこに政治的な意図は微塵もありませんし、同じ記事の別パラグラフで同じくユダヤ人のフランツ・カフカを高く評価している。もちろん露骨な称揚はせず、ジッドやヘミングウェイ、ロレンスと並べて紹介し、全員に好意的な態度を示すことによって、さりげなくカフカを褒めることに成功している。まさにド・マンの書き口の上手さを端的にあらわした記述ですね。

ド・マンは「現代文学におけるユダヤ人」を発表した二ヶ月後、同じ『ル・ソワール』紙に今度は「シャルル・ペギー」という記事を寄稿します。シャルル・ペギーはユダヤ人のアルフレッド・ドレフュス大尉の熱烈な擁護者としても知られ、根っからの社会主義者を自認した文人で、ド・マンはペギーに自身の境遇を重ね合わせるほどに惚れ込んでいた。この記事ではペギーに対して熱狂的とも言える賛辞を贈っているんです。

ド・マンのカフカに対する評価や「シャルル・ペギー」といった記事の存在に焦点を当てると、反ユダヤ主義に与した人物には到底見えてこない。
巽 
 本書では「現代文学におけるユダヤ人」のほかにも、今お話に出た「シャルル・ペギー」など戦時中に発表されたド・マンの主要な記事の訳文も読むことができます。その中にはド・マンがナチズムを批判した「戦争をどう考えるか?」という一九三九年一月にベルギーの社会主義学生新聞『ジュディ』に寄稿した記事もあるので、これらをまとめて読む限り、ド・マンが反ユダヤ主義を心から肯定していたという痕跡はどこにも見当たりませんね。
土田 
 それにド・マンは戒厳令下のブリュッセルで家に帰り遅れたユダヤ人を匿ったこともありましたし、後年、多くのユダヤ系の友人に囲まれたなど、むしろユダヤ人にとって好意的に見られた人物だったといえます。
巽 
 ド・マンがアメリカに渡ってからの交友関係は二年前の拙著『盗まれた廃墟 ―ポール・ド・マンのアメリカ』(彩流社)で詳しく取り上げたところですが、例えばジャック・デリダやジェフリー・ハートマンらイエール大学の同僚のみならず、ハーバード大学大学院時代の師匠格ハリー・レヴィンに至るまで、ユダヤ系の批評家たちと親密な友情関係を築いたという事実は、イヴリン・バリッシュの『ポール・ド・マンの二重生活』という伝記によって明らかにされています。もし若き日のド・マンが本当に反ユダヤ主義に与していたとしたら、後年こういった交友関係を構築することは不可能だった、と考えるのが妥当じゃないでしょうか。
土田 
 確かにド・マンは自身にとってやむにやまれぬ事情があったとしても、対独協力的な特集紙面に寄稿した。これは揺るがしようのない事実です。しかし、その事実のみが独り歩きし、問題とされる記事そのものの内容や前後に書かれた論説、あるいは後年の交友関係を見ることなく、彼を「コラボラトゥール(collaborateurs)」、通称「コラボ」と呼ばれるドイツ占領期(一九四〇~一九四四)、ナチス・ドイツに対して協力的な言動をなした一連の作家たちの仲間に加えて断罪する姿勢はいただけない。

ド・マンは「コラボ」の代表格と目されるロベール・ブラジヤックとピエール・ドリュ・ラ・ロシェルという二人の作家の著作に関する批評を一九四一年の時点で『ル・ソワール』紙に寄稿していますが、評価はお世辞にも高いとは言えません。ド・マンがこの二人の「コラボ」作家の著作をどう読んだか、それは本書の第二章で触れていますが、ド・マンの記事を読む限り、二人の対独協力的な態度には一瞥もくれず、むしろ冷静な視点で彼らの作品を批評した、それだけです。何より当時「コラボ」という概念そのものがなく、ド・マン自身彼らを仲間として見ていた節はありません。

不幸にもこの二人の「コラボ」作家に向けて書かれた記事と同年に書かれた例の「現代文学におけるユダヤ人」の存在をもってド・マンを「コラボ」と同一に語る向きはあったかもしれませんが、結局のところド・マンが反ユダヤ主義者であったという確たる証拠にはならないと思います。
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この記事の中でご紹介した本
ポール・ド・マンの戦争/彩流社
ポール・ド・マンの戦争
著 者:土田 知則
出版社:彩流社
「ポール・ド・マンの戦争」は以下からご購入できます
盗まれた廃墟  ポール・ド・マンのアメリカ/彩流社
盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ
著 者:巽 孝之
出版社:彩流社
「盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ」は以下からご購入できます
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